何も考えてないのよ、私。知ってるでしょう?

第22部──フリーランスから会社員に復帰しました

スキー合宿1/31~2/1(スキーなし)

1月31日晴れ時々曇り時々雪

10年ぶりぐらいにスキー場に行った。

朝10時前にスキー場に着いた。あたりまえだが、周りはスキー客だらけだ。みんなスキーウェアに身を包み、ごついスキー靴・ボード靴(スキーとボードの靴が別物だとはじめて知った)を履き、よたよたと歩いていた。

同行の岳友らは、それぞれ自前のスキー板やウェア、ストックを装備し、リフト乗り場に散っていった。

僕はスキーをやらないので、彼らがスキーを滑っている3時間、スキー場周辺で時間を潰さなければならない。スキー場でスキーをしないのが上級者だ。

さてどうしようと思い、まずは、近くの僕でも聞いたことのあるようなリゾートホテルに入り、うんこをした。

建物内は格式高い内装で、暖炉やふかふかのソファーが設えてあった。暗い廊下を抜けてトイレに入った。リゾートホテルのトイレだから期待していたものの、トイレのクオリティは低かった。個室が一つしかなく、トイレの床も古めかしく汚れていた。伝統に縛られているホテルは、トイレすら古風が良しとしているのだろうか。だとしたらそれは顧客のニーズをまったく汲み取れていない。トイレはいつだって最新式にすべきだし、個室は少なくとも二つ以上は用意しておくべきだ。

とあれ、僕はうんこをした。朝10時のホテルのトイレはひとけがなった。みんなスキーを楽しんでいる。当たり前だ。僕は良く知らないが、朝一の方が雪のコンディションが良いらしい。そんなことは正直僕はどうでもよくて、静かなトイレ内で集中してうんこをひねった。

ホテルを出て、途方に暮れてしまった。まだ時間は10時15分だ。うんこ1回、15分の換算だ。あと3時間。12回もうんこができるわけない。横浜のうんこマンといわれた僕にだってできないものはできない。

とりあえず、スキー村を歩いた。途中雪が降り始めて、さすがに寒さを感じた。地面は一面雪だ。スニーカーでは足元がおぼつかない。しばらく歩いて手頃なレストランに入った。当たり前だが、店内は空いていた。というか一人も客がいなかった。みんな、スキーやスノボーを楽しんでいるのだ。

窓側の席に案内され、お紅茶とトーストを頼んだ。客は僕一人。店員は、シーズンだからなのか、リゾートバイトの若者など、総勢8名位。手持無沙汰の店員の視線を感じながらも、1時間半ぐらい粘って、読書をした。雪景色を眺めつつ、お紅茶をすすりつつ。豪奢な時間であった。スキー場に来て、スキーをしないでひたすら読書っていう。

11時半になり、ぽつぽつとスキーヤーたちが入店してきた。席が8割がた埋まってきたところで、店を出た。

さて、どうしようと途方に暮れた。

スキー村を歩いていると、大きなホテルの前に、「日帰り温泉」というのぼりがたっていた。渡りに船と思い、温泉に入ることに決めた。

車に戻り、手ぬぐいを1枚とって、日帰り温泉へ。受付の人に、温泉に入りたい旨告げると、残念ながら、温泉は13時からという回答を得た。これにはたいそう気落ちした。冷えた体を温めることができると思ったのに、また、温泉に入れば1時間は時間を潰せると思ったのに。計画が台無しになってしまった。

同行者たちがもどるまでまだ1時間20分ぐらいある。

降雪が強くなってきた。かるい吹雪の中、僕はスキー村を徘徊した。しかし、寒い。

どうしようもなくなって、車に戻った。車内で音楽を聞きながら、読書をした。時折、ゲレンデを眺め、スキーヤースノーボーダーらの雄姿を見て、自分も滑れたらどんなに楽しいだろうと、少し悔しさを感じながら、時間を潰した。

12時半ぐらいに車を出て、ゲレンデに併設されたレストランにいった。昼時ですごく込んでいた。僕は暖房器具の前で、ぼけーっと突っ立ていた。30分ほど、ただただ、立ちすくんでいた。途中うんこを1回した。スキー場に来てスキーをせずに、うんこ2回したっていう。

13時過ぎに仲間たちが戻ってきた。みんなだいぶ楽しんだ様子で、なぜかわからないが、僕も少しだけ楽しい気持ちになった。ただやはり、スキーを心底楽しんでるらしい仲間たちにすこし嫉妬した。何回リフトに乗っただの、どこそこのコースを何本滑っただの、一度も転ばなかっただの、口々に感想を言っていた。僕は一人蚊帳の外で、少し落ち込んだ。でも、僕は内心こう思っていた。

僕だって、二回にわたって、うんこを何本もブリブリだしたんだよ、と。

車で移動して、人気のカレー屋にいった。やっぱスキーと言えばカレーライスだ。

スキーをしていないのに、「スキー場ではカレーライスだ」と言うのも面妖なきがしないでもないが、とにかく、カレーライスが食べられるのがうれしくてたまらなかった。

昼時を少し外していたので、空いていた。すこし変わったカレーライスを注文した。

スキー場でカレーライスを食べたのは、これが初めてだった。聞きしに勝るうまさだった。スキーをしなくても、スキー場のカレーはうまかった。

夕方に宿泊場所となる、同行者の別荘に行った。雪かきをして室内に入ると、中の温度は氷点下だった。吐く息が白かった。暖房器具はストーブのみだった。夕餉の支度をしつつ、アルコールを摂取して体を温めた。

1時間、2時間時間が経過しても、室温は5度ぐらいで、吐く息は相変わらず白かった。ふつう、部屋の中は暖房をガンガンたいて、Tシャツ一枚でも過ごせるぐらいの温いものなんじゃないか。僕は別荘の持ち主に不平を言おうとしたが、寒さでそれどころじゃない。というか、ゲストなのでそんなことを言える立場じゃない。息がいつまでも白い。

テレビを見ながら、夕食を食べていても、吐き出される息が白い。

寒い。別荘暮らしってこういうものなのかしら。

食後に温泉に入りに行って、つかの間体を温めた。帰って来て、寝るしたくをしているときも、手先がしびれるほど寒い。息も当然白い。

雪国は、無理だなと思った。寒いのは無理。

幸いにして、温かい電気毛布を使えたので、布団のなかは温かかった。しかし顔が痛いほど冷たい。しばらく煙突のように白い息を吐き出していたら、意外にもすぐに眠りにおちた。

 

2月1日 晴れのち雪のち晴れ

朝起きて室内の温度計を見ると、「-5℃」だった。

僕はこれをみてふざけやがってと思ってしまった。室内で-5℃とか、いいの?

死ぬだろう。

着込めるだけ、防寒着を着て、コーヒーとパンと、昨晩のシチューで朝食を食べた。テーブルに置きっぱなしにしていたスティック野菜が凍っていた。

これが雪国なのか。雪国の生活ってこういうものなの。

もちろん、そんなわけない。普通は、もっと暖房器具をガンガンにフル活用しているはずだ。たまにしか来ない別荘だから、貧弱な暖房器具しかないのだろう。

しかし、考えようによっては、こういったサバイバル環境で過ごすことができたのは、いい経験になったともいえよう。

朝10時に仲間たちはスキー場に行ってしまった。僕は家でお留守番だ。昨晩の食事の後片付けをしてから、こたつに入った。室温は4℃か5℃。石油ストーブだけではなかなか室温が上がらない。読書をしていても、こたつから手を出すだけで手先がかじかむ。5分本を読んで、手を炬燵に入れて温め、また読書をするということをくり返した。疲れたらテレビを見て、コーヒーを飲み、紅茶を飲み、菓子を食べた。

ボケっと窓枠に切り取られたいつもと違う風景を眺めた。窓の外は、一面銀世界だ。昼前ぐらいから吹雪出した。細かい雪片が遠い山々の輪郭を朧にしていた。

座イスにもたれ、吹き抜けの天井を見上げた。天井窓から曇り空がみえた。

昼の12時半で室温はまだ7℃。寒いが、環境に慣れてきた。ハードシェルの上着を脱ぐ。フリースでも過ごせるようになった。炬燵の外に手を出して本を読み続けることもできるようになった。時々かおをあげて外を眺めてボケっとする。寒さに適応しつつある。雪国も悪くないと思い始めている。そろそろ仲間たちが帰って来る時間だ。

f:id:renox:20150202190140j:plain

13時半に仲間が帰って来て、すぐに歩いてスキー場に向かった。カレーライスを食べるためだ。

昨日と違う店に入って、カレーライスを注文した。

昨日はすこしトリッキーなカレーライスだった。それはそれでおいしかったが、何の変哲もなさそうなカレーライスも食べたいと思った。

レストランからはゲレンデが見えた。老若男女がスキー、スノボーに興じていた。スキー、スノボーを楽しんでいる人たちを見るのって楽しい。

運ばれてきたカレーは、普通のカレーライスだった。おいしかった。「やっぱスキー場で食べるカレーライスは最高だぜ」と仲間に言った。

仲間たちは苦笑していたが、笑いたければ笑えばいい。僕はスキー場に来てスキーをせずに食べるカレーライスの味を知っているが、君たちはスキーをした後のカレーライスの味しかしらない。それは、スキー後の腹をすかせたコンディションでのカレーライスと言うことだ。それは実は偽物なのだということに君たちは気がついていない。

空腹は最上のソースと言う。ならば、君たちのカレーライスには、「空腹」という最上だがしかし『余計』なソースがかけられているということだ。ぜんぜんナチュラルじゃない。不自然な味付けだ。僕のは純粋な「スキー場のカレーライス」だ。スキーをしてないからぜんぜん腹ペコじゃない。だけど、おいしい。純粋なカレーライスの味だ。

などといって僕は自分を慰めたが、その後にむなしくなって、来年こそはスキー教室に通ってスキーをマスターして、ゲレンデに鮮やかなシュプールを描いてやろうと心に誓った。