山中慎介と長谷川穂積の引き際にみるサラリーマンの引退と第二の人生

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ボクシングマガジン 2018年 04 月号 [雑誌]

ボクシングマガジン 2018年 04 月号 [雑誌]

 

 

山中慎介の場合

昨日、録画していた「プロフェッショナル仕事の流儀 山中慎介」を観た。

日本人ボクサーの世界戦連続防衛記録を打ち砕かれたルイスネリとの再戦に向けたドキュメンタリーだ。ネリとの初戦に負けたあと、今年の3月に再戦し、またしても屠られボクシングを引退するまでの山中慎介を追っていた。

山中は近年の日本人ボクサーの中でもトップ3に入る実績を持っていると思う。実際各雑誌や団体のPFPでも何度かトップ10入りしたことがあるので世界でも評価が高い。

私的には2000年代は、長谷川穂積、内山高志、山中慎介がトップ3だと思っている。長谷川も内山もPFPには入ったことがなかったと思うが、両者とも弱小ジムで世界の強豪と戦えなかった不遇の選手といえる。もし山中同様帝拳所属だったなら、アメリカ進出したり、強豪選手とこぶしを交え、ボクシング史に残るような試合を見せてくれていたはずだ。

山中のドキュメンタリーは面白かった。再戦前に旧知の仲であり、山中が尊敬する長谷川が、スパーリングパートナーとしてネリ対策に協力する。現役引退後に何度かバラエティーに出ている長谷川の映像を見たが、肥えていた。腹回りと言わず、腰回りと言わず、胸周りと言わず、あご周りと言わず、あらゆる部位に脂肪がついていたように思う。

意志道拓

しかしくだんの番組ではだいぶシャープになっていた。仮想ネリを意識したという高回転で振り回す左右のフックを何度も打ち込み、山中はそれに対して頭の位置を下げることでネリの攻撃をかわす防御法を再確認していた。

ほかにも山中はいままでやらなかった攻撃、つまり足を止めて近距離で細かいストレートを打つという練習もしていた。いままでやらなかったことを最後と決めていた試合前にやるということは危険な気もしたがそれは結果を知っている今だから言えることだろう。

「他人の意見も素直に聞けるようになった。いろいろ取り入れて得るものが多かった」と山中はコメントしていたがそれさえも、今となっては己のスタイルを貫けなかったブレた山中というように見えてしまったがそれも後出しに過ぎない。

長谷川は番組内で面白いことを言っていた。

「ボクシングは終わりのないトーナメントに似ている」

つまり先にあるのは、「負ける」か「リタイア」しかない、と。

長谷川自身は幾度もベルトを防衛し、2階級も制覇した。しかしその後に敗北して王座を失った。再起をはかったが、かつての強さは見られなかった。しょぼい試合を重ね、上の階級に上げてのタイトル戦でTKO負け。私は晩節を汚したと思ったし、確か長谷川の父親かジムの会長ももう辞めろと言っていたと思う。しかし長谷川は「終わりのないトーナメント」の最終戦で、三階級を制覇し、その後「リタイア」した。

山中の最後は、ネリに2Rで倒されてKO負け。リベンジはかなわなかった。前日の軽量で2キロ以上も体重を超過していたので、減量などする気がさらさらなかったという批判もある。しかし、おそらくネリは強かった。体重超過がなくても強かった。

番組内で、試合前の山中と長谷川の対談の模様が映し出されていた。そこで長谷川は、ネリとの再戦に向けて、山中に対して率直に言う。「勝つ確率は良くて五分五分だと思う」。長谷川が「良くて」というからには実際には勝つ確率はそれ以下、30%ぐらいだったのではないか。それほど、力の差はあったのだろう。長谷川は初戦でそれを見抜いていた。実際に、再戦は山中の完敗だった。

山中は負けて、引退を宣言した。隣にはいつも悲しそうな顔をしている帝拳の浜田さんがいつも以上に悲しい顔で座っていた。

番組の締めは、敗戦からあけて二日後のホテルで行われたインタビューの様子だった。山中は内出血で真っ赤に染めた痛々しい目でインタビュアーの質問に答えた。

プロ31戦で27勝2分け2敗。2敗は最後2試合にネリにつけられた黒星だ。

山中は、最後に負けを重ねて「終わりのないトーナメント」を降りた。長谷川穂積はチャンピオンのまま降りた。山中は番組の最後に言った。

「ヤツには負けたけど、自分には勝てたかな」

私にはそれが燃え尽きたあとの晴れやかな気持ちで言われたものには聞こえなかった。表情も曇っていたように思う。納得がいっていないように見えた。番組的には山中を、グッドルーザーとして映し出し、かつ名チャンピオンとしての最後の矜持を画面越しに表現できたと思ったのかもしれない。しかし私にはそうは思えなかった。そう思えなかったからこそ、私は胸を突かれた。そしてこう思った。

「私と同じではないか」と。

私も今月サラリーマンからの引退を宣言した。奇しくも年も山中が35で私が36と同年代だ。学年は山中のほうが1つ下だが、同じ1982年生まれだ。

私もまた、誰かにインタビューされたら山中と同じように答えたと思う。

「ヤツには負けたけど、自分には勝てたかな」

「ヤツ」とはだれか。

それは世間であり、社会であり、会社であり、サラリーマンという職業だ。

周りから見たらルーザーに見えるかもしれない。実際にヤツには負けた。しかし私は勝ったのだ。「終わりのないトーナメント」から私も降りる。

3階級制覇の長谷川穂積、2階級制覇の山中慎介、そして私。

最終的に勝った。私たち三人は、自身に勝ったのだ。

違いは、彼ら2人が心身とも極限まで鍛え上げ、技術を磨き上げて、周囲の期待とプレッシャーを超克して大舞台で幾度も超人的な活躍を見せてボクシングで複数階級を制覇するような偉大な世界チャンピオンになり、家族やトレーナー、ジムの会長や後援者やファンたちに勇気や感動を与えて恩返しして歴史に残るヒーローになったということぐらいだ。

穂積、慎介、よくやった。いつか一緒に浴びるように酒を飲もう。その時二人はきっと第二の人生で必ずや成功を収めているだろう。そして私はその時、真の意味でルーザーになっているだろう。そう、人生の敗残者に。

 

 

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