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毎朝の習慣をかえて、哲学的に生きよう

いつもより、十五分遅く起きる

昨晩私には珍しく遅くまで起きていた。

時計の針が零時をまわってから床についた。寝る前にスマートフォンで、いつもより十五分遅い、朝七時にアラームをセットした。
朝の十五分は大きい。私の場合、起きてから弁当を拵えるので、朝は特に慌しくなる。遅く起きた分ルーティンを削る必要がある。または、行動を倍速にする必要がある。しかし弁当作りや身支度を早めたところで、短縮できる時間には限度がある。レンジでの調理は急げないし、シャツの脱ぎ着を急いだところで時短は高が知れている。

糞をカット

私は泣く泣く朝のルーティンのうち、脱糞を削ることにした。最近の朝の脱糞時間はだいたい十分だった。となると、あと五分削る必要がある。
あまり知られていないことだが、脱糞にもまた前後のルーティンがある。脱糞をそぎ落とすとは、付帯する行動をそぎ落とすということなのだ。
付帯的なものとして、私の場合はコーヒーを淹れることと、飲むことが挙げられる。
コーヒーを淹れるのに五分、飲むのに五分だ。合わせて十分の時短である。これで、脱糞の十分と合わせて、二十分の時短が実現された。
いつもは、洗面、朝食、コーヒー、着替え、脱糞、歯磨きの順で支度をする。
これが今朝は、洗面、朝食、着替え、歯磨きのみとなった。シンプルライフの出来上がりだ。

脱糞しないリスク

これからは今日と同じ七時の起床でやっていけそうだ。
しかし朝に脱糞しないというのは、大きなリスクを孕む。
通勤途中で便意に襲われたら、深刻な事態に陥ることはバカでもわかる。
すなわち、漏らす危険性である。特に私が毎朝利用している鉄道会社は、混雑の影響でしょっちゅう遅延している。
怖いのは、遅延するということは、列車が徐行になるということだ。不意に腹痛に襲われ、駅のトイレに駆け込もうにも、車内にいてはトイレに駆け込めない。だいたいにおいて、腹痛の時に限って電車は徐行する。
また、朝のトイレはとても混雑している。急な腹痛に襲われた時、果たして、漏らさずに便所に入れるか、かなりリスキーである。
さらに言えばもしも、駅のトイレに入り、無事に用便を済ませられたとして、別の問題が出来する。トイレに寄るということは高確率で遅刻することになる。ということは時給で働いている私のような人間には、その日の日銭にもろに影響が出るということだ。
こういうところからも、非正規というのは、社会的に弱い存在といえる。正規ならば少し遅れてもなんの影響もあるまい。

漏らすのは社会的弱者

これは私見だが、車内で漏らしてしまう人の多くは、非正規雇用なのではあるまいか。
遅刻したら給料が下がる。ウンコしたらその分生活が困窮する。ウンコか金かという究極の二択なのである。生活に困っている非正規が、金を選び、結句漏らしてしまうというのは当然の話である。
もちろんすべての非正規ウンコマンが、車内で漏らしてしまうかといえば、無論そうではない。というか、多くは漏らさず、我慢し、会社に着いたら排泄する。あるいはそもそも便意を感じない人が大半かもしれない。
毎朝の排便が習慣になっている人もいれば、そうでない人もいる。人にはそれぞれ個性があるように、ウンコにも個性がある。
 

最高のトイレ環境

さて、今朝の私はといえば、電車に乗ってもなんら便意を感じることなく、また会社に着いてからも同様であった。
ようやく便意の兆候がではじめたのは始業後二時間後の朝十一時半のことであった。
朝十時半頃に会社で無料で飲めるブラックコーヒーをカップに注ぎ、自席で飲んだ。少しずつすすり、十一時半ごろには九割がた飲んでいた。
そして、その頃に便意を感じ出した。
ここは屋外ではないし、満員電車の中でもない。焦る必要はない。またいま派遣されている会社は大企業だ。大企業の良さというのはトイレ環境なのである。好環境すなわち、綺麗な個室かつ複数の個室かつ、同僚にトイレにいったと悟られない位置にトイレがある(つまりワーキングスペースでなくエレベーター脇とかにあるということ)という安心感が、私の心に余裕を持たせた。

ぎりぎりの戦いが始まった

私はまったく焦らなかった。むしろ、ぎりぎりまで粘ろうと思った。
この時のウンコの駆け引きが、今日の業務のハイライトといえた。
どこまで粘れるか。私と肛門のチキンレースと言えばいいだろうか。負けたら最後、職場で漏らし、それはつまり議論の余地なく派遣切りに合うことを意味する。
しかし、私も子供ではない。ウンコについては一家言ある。専門家といえるし、こう言ってよければオーソリティとも言えるだろう。
だから、ぎりぎりの駆け引きを愉しんだ。おそらく三十分ぐらい、寸止めの快楽をむさぼった。最終的には対決していた肛門と、お互いがお互いを認め合う、無二の親友になれた。
そしてもうこの辺でよかろうと私たちは暗黙裏に合意し、私は席を立った。
そして、脱糞した。
よく知られているように、長く我慢した後の脱糞から得られる快楽は何にも代えがたいものがある。最上の快楽とは、長く我慢した後のウンコである。

 止めないか?

どうだろう。もう、朝家でウンコするのは止めないか?
ウンコは会社でするべきだ。
それは何も快楽のためだけではない。見てきたように、今日私は朝、十五分も遅く起きたのだ。睡眠時間の確保は心身ともに好影響を及ぼす。そして、職場での手に汗握る神経戦。肛門と自己との対話は、卑小な個人に内省を促す。哲学である。
 このように、朝ウンコをしないということは、電車内で漏らさなければいいことづくめだ。
繰り返しになるが、私は声を大にして言いたい。
もう、朝家でウンコするのは止めようじゃないか。