ウンコは子であり、すなわちウン子である(内視鏡検査の拷問性について)

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ウォーミングアップとしてのレントゲン・心電図

朝から大学病院に行き、検査に次ぐ検査を受けてきた。

昨晩は9時までに夕食をとった。今朝は朝食はおろか水を飲むのもNGだった。

9時に病院につき、外来用の自動受付を済ませた。機械から、1日のスケジュールが記入された長いバーコードが吐き出され、それをもってまずは放射線診断受付へ行き、単純撮影を行った。レントゲン。

さくさくと済ませ次は心電図検査へ。ナースに言われるままに、ベッドに横になり、シャツをまくり上げて上半身半裸になり、吸盤をいくつかつけられ、ナースがピコピコ機械をいじり、数分で検査を終えた。

上記二つの検査は、いわば基礎検査みたいなもので、前回の検査の時も受けた。勝手がわかっていたので、こちらも気楽なものだった。

次は腹部超音波検査を受けるために、生理機能検査受付へ。

腹部超音波検査でトラブル発生

はじめての検査内容だったので、少し緊張した。順番が来て室内に入ると、中は薄暗かった。ほとんどモニタの明かりしかないのではないかというぐらい、暗かった。

カーテンで仕切られた診察室に入ると白髪の柔和な顔つきをしたおじさんがいた。物腰のやわらかい人で、こちらに名前と生年月日を言わせたあと、自分の名前もしっかりと名乗った。

ベッドに横になり、また、シャツを胸の上までまくり上げた。検査時間は20分ぐらいという。

腹部と、へその下の陰毛近くまで、クリームを塗られた。腹部エコーというのは、膀胱まで検査するものらしい。ズボンやパンツも脱ぐのかしらと少し恥ずかしい気持ちなった。「これも脱ぐのですか」と老医師に聞くと、「チャックを半分ぐらい下ろしてくれればいいです」といわれ安心した。

仰向けのまま、何度か息を吸ったり、止めたりした。老医師が手に持った器具を腹にあて、私の臓器の様子を記録していった。しばらくして、私は、便意を催してきた。強烈なというわけではないが、あ、出るかもしれない、というような、ささやかな便意だ。

検査が始まってまだ5分ほどだったので、これは途中でトイレ休憩を申し出なければならないかもしれない、と嫌な予感が脳裏をよぎった。途中でトイレに行ったら、最初から検査のやり直しなのかしら。ここは我慢すべきなのだろうな。

考えると不安に襲われて、便意が強くなっていくような気がしたので、できる限り平静でいようと意識した。

横向きになってくださいといわれたので、左向きに体位をかえ、次は右側腹部の検査に入った。同じように呼吸を繰り返し、老医師が器具を腹にあてて、私の身体の調子を探った。

横向きでいるときは、不思議と便意はおさまった。これはもう大丈夫かなと思い、エコー検査が終わったらすぐにトイレにかけこもうと、脳内でトイレまでのルートをシミュレーションした。

再度仰向けになり、また前面の検査が繰り返された。すると、また便意が襲ってきた。もうそろそろ半分ぐらい検査を終えたはずだ。ここでトイレに行って、また一から検査となると、さすがのやさし気な老医師も気分を害すだろう。

大学病院の検査スケジュールはきっと分単位で綿密に組まれているはずだ。私のウンコでそれらのスケジュールをめちゃくちゃにするわけにはいかない。ここは我慢のしどころだ。

大波小波をやり過ごし、次に、下腹部というかへその下というか陰毛らへんに、老医師の手が伸びた。器具はひんやりと冷たく、便意を促進した。

私はそれまで知らなかったのだけれど、便意を催しているとき、一番刺激してはいけないのは股間付近なのだ。腹部を押すのも危険だが、腹部から下降するごとに、便意がより促され、ウンコを我慢している人にとっては、よりデンジャラスなフィジカルコンディションになるということを、私は34歳と1カ月のこの日の朝に初めて知った。

ウンコとは生であり死でもある

腹よりへそ、へそより股間だ。正直もうだめかもしれないと何度か観念しかけた。でも、これまで何度も危険な便意を乗り切ってきたという自信が、不思議と私に心の平静を取り戻させた。

ウンコと向き合う。それはまさしく人生と向き合うことなのだ。ウンコと向き合うことは生の喜びや死の恐怖をしっかりと見据えることを意味する。ウンコは子であり、アイデンティティである。

この国では時にウンコが隠ぺいされる。それは人の死を隠蔽することと同義である。昔の日本はいまよりも死者との距離が近かった。それはつまり、ウンコと近かったということだ。身近に死が横たわっていた。人の死をわからない人間は、生の尊さがわからない。それは他者に対する非寛容を産む。他者に対して無理解になるということだ。

すると無理解が、排他性を生み、他者に対して、非人道的で攻撃的になる。いじめや差別がこれにあたる。殺人や暴力の原因もここにある。ウンコの隠蔽が生死を隠蔽し、暴力を産むという悪魔の構造だ。

ウンコを直視せよ。ウンコを避けるな。ウンコを大事にするということは、人を大事にするということなのだ。

ウンコは子であり、すなわちウン子である

また同時にウンコをたくさん放出するとは、子をたくさん産むと同義である。だからよりよいウンコをたくさん出せば出すほど、自分の子をたくさん産むということすなわちアイデンティティが強化され、自我が不安定になりがちな思春期の子供たちや、今まさに閉塞している日本社会で苦しんでいる多くの病んでいる日本人たちを救う。これが自殺数の低下に寄与し、幸福度の増大につながる。

 

拷問としての内視鏡検査

膀胱周辺のデータをとったところで、超音波の検査が終わった。何とか便意はおさまり、服を着替え、次は内視鏡検査受付へ向かった。

受付に書類を提出し、わきのトイレに入り、ウン子を産んだ。また一つ自分の存在価値が上がったような気がした。

受付に戻るとすぐに名前を呼ばれた。ついに、内視鏡検査である。初の胃カメラである。どれだけ苦痛に襲われるのだろう。不安が募った。

ナースから簡単な説明を受け、まず、胃の中を綺麗にする薬を飲んだ。次に、麻酔効果があるのだろうか、コーヒー味の氷を舐めさせされた。

検査室に入り、左側腹部を下に向けて横になり、右手の指先に何かを挟まれた。左腕を前に出し、腕に注射を刺された。口にマウスピースをはめられた。よだれは呑み込まずに、だらだら流せといわれた。もう、全てなされるままだった。

男の医者が名を名乗り、それでは始めますと言ったときにはもう私は茫然自失だった。何も考えられないし、何も想像したくなかった。ただ、平穏無事に終わってくれと祈るのみだった。

注射から麻酔が注入された。数秒後には意識がぼんやりし始めた。意識が完全になくなるということはなかった、ような気がする。

薄ぼんやりした意識の中で何度もえずいた。何度もオェっとなった。遠くの方でつばを飲まないでといわれたような気がした。一度、大きくゲェェェっとなった。検査がどのくらいの時間をかけて行われたのかまったくわからない。時間の感覚がなかった。一度も意識がなくならなかったと先ほど書いたが違うかもしれない。もしかしたらずっと意識を失っていたのかもしれない。えずくごとに目を覚ましていたのかもしれない。意識が混濁しており、どっちがどっちなのかまったくわからなかった。

検査後はリカバリー室へ

処置室の隣にある「リカバリー室」に案内され、そこで少しの時間休んでいてくださいといわれた。室内には一人だけ男性がいた、ような気がする。ぼんやりとしていたのと、裸眼(視力0.01)だったのとで、確かなことは言えない。

座った次の瞬間には寝ていたと思う。いや、寝ていたのか起きていたのかもわからない。いや、寝ていたのだろう。途中で別の患者が室内に入ってきたような気がする。あるいは誰も入ってこなかったのかもしれない。目の前の壁掛け時計を、目を細めて見たら11時半だった。10時に内視鏡検査が始まったので1時間半経過していたことになる。処置時間がどれくらいでリカバリーに費やした時間がどれくらいだったのか、まったく見当がつかなかった。

11時半から、先日受けた循環器系の検査の結果を聞くことになっていた。まだぼんやりしていたが、立ち上がった。廊下に出るとナースがいたので、次の予約についてぼそぼそと話した。

食事は1時間後から食べていい、食前にこの薬を飲むことと言われ、透明なボトルに入った液体を手渡された。

 

循環器内科特診

先日受けた循環器系の検査の結果を聞くために、内科受付へ。ぼんやりしていたが、だいぶ良くなった。受付に言われた通りの番号のドアの前に座り、しばらく待っていたら名前を呼ばれた。

内視鏡の検査も嫌だったが、検査結果を聞くのも嫌だった。もし大病が見つかったらどうしよう。医者にレントゲンを見せられ、脈の流れなどについて説明を受け、「まったく問題ない」といわれ安堵した。

階下に行き、自動精算機にバーコードを読み込ませた。料金は13,000円だった。この前はたしか14,000円だったはずだ。3万円は大きな支出だ。しかし循環器に問題はなかったので良しとしよう。2週間後に今日受けた内科系の検査結果が出る。何もないといいのだが。

電車で帰宅し、自宅最寄り駅の構内にある蕎麦屋に入った。朝何も食べていなかったのと、先ほどのウンコとで、空腹がマックスだった。たぬき蕎麦を注文した。

この季節に食べるアツアツの立ち食い蕎麦ほど美味いものはない。しかも空腹と来たら、最上のご馳走に最上のソースというわけだ。湯気の立つどんぶりに顔を近づけ、濃いそばつゆを飲んだ。美味い。つゆでトロトロになった天かすを箸で掬い上げて、蕎麦と一緒にすすりあげて、一気に掻き込んだ。つゆまで全部飲み干し、冷たいお水を一気に飲み干した。これはもしかしたら後で腹を下すかもなと思った。しかしそれでいい。ウンコは、ウン子。私が生きている証を、これからも少しずつ、世に生み出していきたい。