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ケツの決断

野糞 その他

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極めて重大にして、大いに個人的な決断

衣笠氏のプロ野球連続試合出場の記録が途絶えたのは1987年のことだった。衣笠氏は体の衰えを理由に現役を引退し、2215試合連続出場記録といういまだに日本では誰にも破られていない金字塔を打ち立て、球界を去った。

辞める間際の衣笠氏の心境は本人にしかわからない。スポーツ選手の引き際の難しさは、常人にはわからない。
今昔の有名無名選手たちは、時に無残に時に華麗に時に唐突に時に密やかに、表舞台から去り、人々を驚かせ、はたまた呆れさせもした。
選手には個人的な葛藤があり、ファンはおろか家族さえ、その重大な決定に関与することはできない。有名無名を問わず、孤独な選択だからこそ、百様の選択がある。
衣笠氏のように惜しまれながら、記録の更新を諦める決断を下すものもあれば、ひっそりと、しかし本人にとっては極めて重大な決断を下してきた数多くの無名たちがいた。
むろん衣笠氏と無名者たちの間には大きな違いがある。かたや国民栄誉賞、かたや凡人。しかし両者の間には、極めて個人的な、重大な決断を下したという点において、共通点がある。
私もまた、今朝、大きな決断を下した。年来続けてきた、連続記録を己の意志で途切れさせた。まさに断腸の思いだった。勇気のいる決断だった。決断した瞬間、衣笠氏の顔が脳裏をよぎった。あの時の衣笠氏の心境が、完全にわかった。
その決断は、誰に何と言われようと、いや誰にも何も口出しさせる余地のない、完璧な、英断だった。
 

脱糞か、切れ痔か

数週間前、大学病院でCT検査を受けた。その時に造影剤を飲んで以来、どうも大便のキレが悪い。いや、キレじゃなく、リズムが悪い。いや、率直に言って、出が悪い。
便秘ではないが、量、質ともに明らかに下がっている。
私は物心ついて以来、毎朝うんこをしてきた。中学の時など、朝2回するのがトレンドだった。高校に入ると、時短などを理由に、意識的に脱糞回数を減らしたが、毎朝のお勤めは欠かさなかった。
成人して以降も、毎朝きちんと脱糞する習慣は守り続けた。
その黄金の習慣が、ここ数日、極めて危なっかしい、まさに綱渡りでの継続となっていた。
造影剤の影響かは、正直言ってわからない。しかしそれぐらいしか思い当たらない。
かつては体調不良でも食べる量を減らしても、毎朝何の苦も無く脱糞していた。軟、硬の差こそあれ、それは出ていた。快便と言って差し支えないだろう。
旅先や山中でも、毎朝出せた。二泊三日の北アルプスの山行でも、出ていた。
多くの人がそうであるように、脱糞する前の自分流のルーティンさえ守れば、あまり苦もなく、出せた。便意をもよおしていなくても、コーヒーという名の下剤を使えば、出せた。
しかし最近、様相が変わってきた。なかなかでない日が、続いていたのだ。ここ数日いつもよりも長めにトイレに籠り、集中し、いきむことで、少量の糞を何とかひねり出すという日が続いていた。
しかしこれがいけなかった。現在の私のコンディションでは、長期戦および、過度ないきみご法度だった。
私は痔なのだ。
いや、痔ではないのかもしれない。治ったのかもしれない。しかし、痔気味なのだ。
先月あたりまでは、長時間立ち続けたりしただけで、肛門にペットボトルを突っ込まれたような痛みに襲われていたものだ。幸いいまはそのような症状はない。
しかし、いきみ過ぎてはいけない。
いきむと痔を再発させることになると私は危惧していた。
ここ数日、決められたルーティンを守り、脱糞に臨み、これは出ないかもしれないと諦めモードに達した時だけ、本気でいきんだ。そして、そのいきみは確実に奏功した。しかし、数分後、肛門に鋭い痛みを感じ、いきんで糞をしたことを後悔するということを繰り返していた。
長年続けてきた毎朝の脱糞を継続するためには、肛門を差し出さなくてはならない。
習慣の継続か肛門の崩壊か。連続脱糞記録か切れ痔再発か。まさに究極の選択である。
便秘気味の最初期は、糞を取っていた。なにしろずっと続けてきた脱糞習慣なのだ。中途で途切れさせてはいけない。しかし野球選手もそうだが、私の肛門にも限界がある。常に満身創痍で試合に臨むというのは辛いものだ。
腕が折れ、腱がキレ、 立っていることもできない状態になったら、自身から身を引かなければならない。
 

決断

肛門の痛みに耐えられなくなったら、脱糞の連続記録更新を、諦めなくてはならない。
断腸の思いだが、仕方ないと思い、今朝、長時間の格闘の末、脱糞せずに便所から出た。
そして何年振りかもう思い出せないが、二十数年ぶりに朝の糞をせずに外出した。電車に乗って会社に向かい、定時に自席に着席し、2時間ほど仕事に励んだ後、トイレに立ち、個室でうんこをした。朝の格闘が嘘のようにすんなりと、うんこが出た。そして何事もなかったかのように、便所を後にした。
不思議な感慨があった。二十数年継続してきた記録が、やっと止まったことに対しての安堵感。その気持ちはあるいは、衣笠氏がかつて感じたものと同種かもしれない。私は衣笠氏に肩を並べたのかもしれない。私だけの栄誉賞を、自分自身に送ってもいいのかもしれないなと笑い、ほのかに痛む肛門をズボンの上から中指で軽く掻きながら、ゆっくりと自席に戻った。