派遣社員はファックオフミーティングに呼ばれない

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photo credit: Luiz Inacio Lula da Silva - World Economic Forum Annual Meeting Davos 2007 via photopin (license)

 

いかにも外資系企業といった、ガラス張りのミーティングルームの中を瞥見したら、私と同じ部署の女性が、腕を広げて大きな身振りで他部署の面々と議論していた。防音設備が施されているため、私には彼女らが何を討議しているのか全く分からなかったが、同僚女性のそのジェスチャーを見る限り、たいそう重要な議題を話し合っているのだろうと推測された。

その人は、私のような34歳派遣社員にも懇切丁寧に仕事や会社のルールや、会社近辺の安くてうまい飲食店の場所、誰が嫌味な社員かなど、聞いてもいないのに仔細にいろいろなことを教えてくれる優しい先輩だ。歳は40歳ぐらい。名前を仮に和田アキ子とする。

アキ子さんは最近正社員に登用されたらしい。それ以前は私と同じ非正規雇用だった。派遣だったのか、契約だったのかはわからないが、仕事を頑張り、社内の人脈を大事にし、もろもろの手回しの末に、「見事」、正社員として雇われたとのことだ。

ミーティングが終わり、自席に戻ったアキ子さんは、「キックオフの席順大変だぁ」などと誰に言うともなくつぶやいていた。私のような不甲斐ない人生を送ってきた派遣風情には、外資系企業で使われる「キックオフ」という単語が、いったい何なのか、皆目見当がつかなかった。どうやらサッカーとは無関係らしいことはなんとなくわかった。

アキ子さんがキックオフの何かの実行委員をしているらしいということは最近の彼女の行動や言動などから推測できた。頻繁に参加している会議も、キックオフ関連のものだったらしい。

 キックオフの意味が分かったのは、今日の夕方だった。隣の席の人が、「明日の夕方は、皆社内研修で出払うから、定時になったら適当に仕事を切り上げて帰っていい」と私に言った。それでやっと理解した。

「キックオフミーティング」というのが世の中には存在するらしいということは薄々知っていた。ただ、それが何のためのミーティングなのかはよく分からない。おそらく期初に、社員のモチベーションをあげるため、社長が指針を示したり、業績報告や事業計画を述べたりするのだろう。あるいは、部署長みたいな人が、それぞれの部署の目標を発表する場なのかもしれない。また、部署間の関係を深めたりするための親睦会的な意味合いもあるのかもしれない。

新入社員がその実行委員を務めるのが、この会社の慣習らしい。今年はアキ子さんたちが担当に指名されたということだ。席順を決めたり、司会進行を務めたり、社員の誘導や、レクリエーションの内容を決めたり、いろいろとやらされているとのことだ。ご苦労なことだ。

ところで、隣席の人に、明日の夕方から皆いなくなると聞かされたとき、一瞬間をおいてから「おや」と思った。

おかしい。私は、誘われていない。

皆とは誰のことなのか。普通に考えて従業員全員だろう。しかしそうではないらしい。現に私は招待状をうけとっていないし、明日のミーティングの会場も時間も知らされていない。ならば参加者は正規雇用の人間だけなのだろう。こういう時、自分は非正規なのだなと強く感じる。

非正規は、キックオフミーティングに呼ばれない。ミーティングで供される美味しいローストビーフを食べられない。ビンゴ大会の豪華景品ももらえない。他部署の人たちとの親交も深まらない。

通常、普通に働いている分には、誰が正規で誰が非正規なのか、わからない。しかし、明日は無慈悲に両者が分断され、区別される。不在者は正規雇用者、居残り組は薄給の非正規雇用者。明日の午後、通常100名以上いるフロアはいつもより数倍静かで物寂しい空気に包まれるはずだ。

残留組の打ちひしがれた顔など見たくない。なぜならそれは私の表情でもあるのだから。敗北感など感じたくない。劣等感などくそくらえだ。

ここは、逆に考えるんだ。ピンチこそチャンスなのだ。鬼のいぬまに洗濯だ。まずは備品を調達すること。共用のキャビネットに、ゲルインキのボールペンがたくさんストックされている。黒はもちろんのこと、青、赤と三色揃い踏みだ。さらになんと!ペン先の太さも、0.5、0.7と二種のラインナップ!合計6種のボールペンを獲得だ。そして大学ノート。A4はもちろん、A5もあるはずだ。これで2種のノートを手に入れられる。そして、未使用の鉛筆もあったはず。私は、お先真っ暗の行き当たりばったりのWEBデザイナーの卵。ラフを書いたりすることもあるいはあるかもしれない。鉛筆は、3本ぐらい調達してしまおう!

居残り組の諸君は、私に続いてくれ。何がキックオフミーティングだ。そんなもの私たちにとってはファックオフミーティング以外の何物でもない。

できることからコツコツと、社会に、会社に、意趣返しをしよう。

もし、同志諸君が首尾よく自分のバッグに備品を入れることに成功して、しかし言いようのない強烈な虚無感に襲われても、私はそのことに対してどんな責任も負わない。