退職理由11

今日は10時からクライアントと打ち合わせだった。

家から直行で行った。クライアントが入っているビルで先輩社員と待ち合わせだった。
俺が着くと先輩が一人ソファーに座っていた。おはようございますととなりに腰掛けた。
「なんかアイディア考えてきた?」
と先輩に聞かれた。
「いや、特に」
このアイディア云々に関しては、別になきゃないでいいと言われていた。
「置物じゃないんだから、必ず一回は意見を言ってね」
俺は3人以上人が集まったら喋らない。
今日はおそらく7人ぐらいの会議だ。だから、むろん喋らない。毎度喋らないのは悪いなと思っているが、そういう訓練をいままでしてこなかったので、いきなり喋れといわれても。
でも先輩らもいい加減、俺のだんまりに我慢できなくなっているらしい。
なにかしら一言でもいいので、喋らないとマズイ。
2時間後。会議が終わった。
俺はあれだけ言われたのに一言も喋らなかった。
会議が終わって、先輩らとは一言も喋らなかった。目も合わさなかった。電車で会社に帰る時、ホームで俺は腹を抑えながら言った。
「ちょっと…トイレ行ってきます」
彼らと一緒に電車に乗ることなどできなかった。気まず過ぎて。
俺は自分の無能さに、驚いていた。こんなにダメな社会人とは。恐れ入ったぜ。
自分のダメさに気持ちがドン底に落ちそうになる。
しかし俺はそんじょそこらの一般的な無能とは違う。俺は悪くないと自分に言い聞かせた。俺は、俺は、俺は、置物なんだ!
俺は置物。人間じゃない。置物だから、喋らない。置物が話したら怖い。いつから彼らは俺のことを人間と勘違いしていたのだろう。
入社の面接にしても、俺は自分が置物というスタンスで臨んだ。
出社初日だって、人間としてじゃなく置物のプライドを持って会社にきた。
毎朝田園都市線に乗ってる時も、俺は置物として揺られている。
Wordを使う時も、Excelを使う時も、俺は置物としての自分を忘れたことがない。
俺は置物なんだ。
先輩が、「置物じゃないんだから」というのは初手から間違っている。
俺は置物だ。むしろ置物なのに会議に出席していることを褒めてくれ。置物なのに、服を着ていることを評価してくれ。
 
きっと先輩から社長に報告がいっているだろう。先手必勝だ。月曜日に辞表をだそう。