余はいかにしてプロ転職家になりし乎

雑誌は売れない。書籍も売れない。出版業界は斜陽産業だ。早くこの業界から足を洗いたい。そう思っていた。

 

過日、「マイナビ転職」で求人を検索していたら、有名アウトドア雑誌の版元が求人を募集していた。募集要項には、求人を募集するのは「極めてまれなこと」という意味のことが記してあった。出版はこりごりと思っていたが、他方で、アウトドア雑誌の編集ならばやってもいいかなとも思った。レアな求人ということも手伝って、その会社に応募した。数日後、通ると思っていなかった一次選考を通過し、先日、面接を受けに世田谷まで行った。久しぶりの面接だった。

 

午後2時に、歯医者に行くと嘘をついて会社を早退した。半蔵門線と田園都市線を乗りついで用賀駅に向かった。降車後、駅のトイレで脱糞した。私は、ほぼ完璧に脱糞をコントロールできる。したいときにすることができる、ひねりたいときにひねることができる、出す必要のある時には粛々と糞を出すことができる。

面接前はできるだけ体を身軽にしておきたい。面接時に腹痛に襲われないように、腸内環境を整えておくのは「プロ転職家」として基本中の基本といえる。

 

脱糞後に、トイレの鏡の前に立ちネクタイを締めた。ここ数年、私は常にノーネクタイだ。オフィス内での作業時も、客先に行くときもいつもネクタイを締めていない。面接用に持ってきたネクタイは、会社の袖机の引き出しに丸めてしまっていたため、ネクタイに変なシワが寄っている。ただ、上着のボタンを締めれば面接官に見咎められる心配もなかろうと思った。

 

ビジネスバッグから折りたたんだスーツの上着を取り出す。背面に3本、大きな折れ目が目立つ。やはりバッグのなかに上着を半日も入れっぱなしにしておくべきではなかった。ただ、面接官に背後を取られることなどあるだろうか? ない。ならば、ネクタイのシワ同様、上着の折れ目も気にするほどのことではないだろう。

 

午後3時前の用賀の街をプリントアウトした地図を片手に歩く。住宅街を、環八方向に歩く。ほどなくしてA出版の入るオフィスビルに到着した。エレベーターに乗って5階受付に向かい、呼び出し用の電話の前で最初の関門にぶつかった。

 

呼び出し用電話の横の丸テーブルのそばに、30代から40代の2人の男性が腰かけていた。ボタンダウンのシャツを着た、小太りの男性たちだ。編集者風、出版関係者風の人相をしていた。同業者なのでわかる。

一見して、彼らがA出版の社員ではなく社外の人間であることがわかった。おそらく、A出版の誰かを待っている、取引先の人間であろう。しかし、私は、彼らがもしかしたら私と同じように面接を受けに来た求職者ではなかろうか、と思ってしまったのだ。

個人面接だと思ってやってきたが、それは一人合点で、実は集団面接だったという、私にとって好ましくない事態に直面してしまったと、不安に駆られた。少しパニックに陥りつつあった。

 

私は集団面接が苦手だ。皆の前で自分の誇張や脚色や独自の見解を加えた経歴、嘘八百の志望動機など、述べられるはずがない。私に限らず、求職者なら程度の差こそあれ同じような見解を持っているのではなかろうか。茶番を演じ、それを観賞するのは、面接官と自分だけでいい。ほかの人間がそこに入り込むのは、非人道的だ。集団面接は百害あって一利なしだ。まさか、今日は集団面接なのか……。

 

受付の電話の前で私は総務の番号を探すふりをした。そして頭を回転させた。いま、踵を返して、帰宅することは可能か。午後2時58分、約束の時間まであと2分。面接を受ける会社の受付前という、すでにリングの上に片足を踏み入れた状況で、逃げることは可能かと。

私は、できないことは何もないと思った。

ここで私が帰ろうが何しようが、それは私の自由だ。敵前逃亡したところで、誰に処罰されるわけでもないし、誰に迷惑をかけるわけでもない。もちろん、面接官や日程を調整してくれた人事部の人間には多少迷惑をかけるかもしれないが、それにしたって、集団面接という不義理を働いたのはそちらが先だ。ドタキャンしたぐらいでとやかくいわれる筋合いはない。

 

私は、電話機の前で4秒ぐらいフリーズしていた。そして回れ右をしようとした瞬間、横から女性に話しかけられた。

「総務ですか? 呼んできましょうか?」

私は敵前逃亡しようとした瞬間に下士官に見つかった一兵卒のように周章狼狽した。そして消え入りそうな声で一言、

「お願いします」

といった。

 

しばらくして総務の女性が現れ、そこで少し待つように言われた。丸テーブルの男性二人とは少し距離がある場所だった。どうやら、彼らは求職者ではないようだった。ということは個人面接か。とんだ早とちりだ。私はだいぶナーバスになっていたようだ。中途採用の面接ではよほどのことがない限り、集団面接などないだろう。集団では、一人ひとりとじっくり話す機会が持てない。採用する側もされる側も、デメリットしかない。そんなことすらわからずに、私は逃げ出そうとしてしまったのだ。だいぶ感が鈍ってしまったようだ。3年も同じ会社に在籍し続けてしまった結果がこれだ。プロ転職家失格だ。

 

2、3分待ち、先ほどの総務の女性に連れられて階下に向かった。3階の応接室に通された。そこで面接官が来るまで待っていてくれと言い残し、総務の女性は退室した。部屋には、むろん、私だけだった。ゆっくりと深呼吸し、ハンドタオルで脂汗をぬぐった。壁際に置かれた書棚には、アウトドア、バイク、温泉、京都など、A出版の定期刊行物が並べられていた。

 

私は、昨晩ノートブックに書き付けたメモ書きの内容を頭の中で反芻した。A出版でやりたいこと、ビジョン。思い出し、面接官に滔々と語る自身の姿を夢想し、思った。

私は、採用されると。

 

A出版が募集している職種は「編集スタッフ」だ。求人概要には、私もたまに書店で立ち読みする『ピクース』や『ランドーニュ』などの編集者を募集しているとあった。登山が趣味の私にとって、もしそれらの媒体にかかわることができたらこれ以上ないほどの至上の喜びを感じることができるだろう。

 

しかし一方で、懸念材料もあった。

A出版は、アウトドア業界では知らない人のいないぐらいのメジャー出版社といえる。とくに、“山界”では『山と渓谷』『岳人』とならんで『ピーックス』や『ランドニュ』は人気雑誌の一つに数えられる。

求人概要には、「当社初の大型募集! このチャンスをものにしてください」とあった。まるで誰もかれもが、A出版に入社したいと考えているかのような「上から目線」の文言だが、実際に人気企業だから、私のような山好きの求職者は何もいえない。

 

そんな、会社の書類選考を、私は通過したのだ。履歴書の何を見て彼らは私を一次面接に進めたのだろう。不思議だ。何かの手違いなのではないか。書類選考通過者の中には有名雑誌の編集者や、フリーランスでばりばり働いている人、はたまた本物の登山家など、私には到底かなわないような強者たちがごろごろいるはずだ。一次選考を通過したのはラッキーだったのだろうか。何とはともあれ私は書類をパスした。運気が私に向いているのかもしれない。このチャンスを逃すわけにはいかない。

 

私は、その猛者たちに真っ向から立ち向かっていたのでは、勝ち目がないことがわかっていた。だから、少しトリッキーなスタンスで面接に臨もうと決めていた。

 

募集要項には、『ピックス』『ランランランランドッネ』など既存媒体で働きたい人、新しいテーマを持った媒体を立ち上げたい人、などチャレンジ精神のある人を募集しているとあった。

私は、アウトドア雑誌を作りたいという消極的な希望があったものの(基本的には働きたくないし、雑誌など作りたくない。多忙だし、売れないから)、他方では、そういうメジャーな媒体は、より即戦力的な人が働く場だという先入観があった。ならば、彼らを出し抜くために、新しい着眼点をもって、面接では斬新なアイディアを開陳してこましたろうと思った。

 

面接の前日に、ブックオフで『ピーーーーーークス』のバックナンバーを2冊買い、書店で最新刊の温泉特集号を買い、精読した。

いくつか付箋を貼り、いくつかの「秘湯」に目星をつけ、今秋行けそうな奥秩父の山々にあたりをつけた。しばらくして、それはたんに雑誌を読んで山計画を練っているだけであるということに気が付き、お遊びはそれぐらいにして『ピーーーーーークス』を閉じた。

そして、私は黙考した。ノートブックを開き、アイディアを書き殴り始めた。数分後に、素晴らしい考えがまとまった。

 

私は、消極的ではあるが、アウトドア関連の仕事に就きたいと思っている。ただ、アウトドアの仕事を探す段になると、あまり仕事探しは首尾よくいかない。せいぜい、「リクナビネクスト」「マイナビ転職」でキーワード検索するぐらいだ。ヒットする求人といえば、スポーツショップの店員か、アウトドア商品を卸すことを主業務とする小さな商社ぐらいだ。たまに、検索サイトで「アウトドア 求人」と入力する。そうすると、ヤマケイオンラインの山に関する求人情報が掲載されているページに行きつく。そこにはショップや山小屋スタッフなどの求人情報が載っているが、求人情報の質・量ともに求職者を満足させるレベルにはない。

 

ならば、自分でそういった「アウトドア求人誌」を作ればいいのではないか。出版や医療関係や建築などに特化した求人誌はある。アウトドアがあって悪いわけがない。

「メーカー(モンベル、パタゴニア、イスカ、マムート……)」「卸(ゴールドウィン、イワタニ)」「販売代理店」「山岳ライター」「山小屋スタッフ」「ボルダリング店店長」「登山靴修理屋」「山岳イラストレーター」「山岳ガイド」「コーディネーター」「アウトドアショップショップ店員」。さまざまな職種がある。

 

これにさらに、「移住」というキーワードを加えてもよい。

アウトドア関連の仕事を探している人と移住志向の人は、親和性が高い。ソースは、私である。A出版の雑誌やムックを読んでいるような、アウトドア派・趣味至上主義者は、ある年齢を境に田舎暮らしを考え始める。ソースは、私である。都会生活を享受しておきつつ、それに飽いているそぶりを見せる、似非自然回帰主義者である。ソースは、私である。そういったはんちく野郎は、ひょんなことからすぐに、自然に関わりたがる。そしてできればアウトドア系のお仕事に従事したいとのたまう。ソースは、私である。

ならば、そのような人たちのためのアウトドア専用求人誌・サイト・サービスをこしらえてしまえば、一定程度の購読者/利用者を見込めるのではないか。A出版というアウトドア系出版社を入口にすれば、より一層多くの、小金持ちの購読者を捕まえることができるはずだ。

 近年は多くの自治体が、移住者を迎え入れようとさまざまな努力をしている。そしてその仲介としてJOINという一般社団法人がある。移住したいと考える私のようなはんちくは、JOIN経由で自治体にアプローチする。JOINの独壇場といえる。独占である。

ここに、移住ビジネスの可能性を見いだせないか。

自治体とアウトドア派(=趣味に金を使う人たち)のはんちくを橋渡しする仲介者としての「A出版転職・移住サービス事業部」を構築するというのが私のアイディアである。登山ブームの次に、田舎暮らしという中途半端なものではない、移住ブームを仕掛ける。

 

完全に、天才である。

私は面接の前日にこの妙案を思いついた。出版など流行らない。雑誌など売れない。だからサービスを拵える。アウトドア系の小金持ちたちに仕事をあっせんし、地方に誘導するという大事業。

私は、心底歓喜した。このような新案を考え付く自分の才気に、震えた。そして次にこう思った。

「このようなグレイトなアイディアを、たかがA出版の採用面接で開陳する価値が果たしてあるのか」

もし不採用という結果に終わり、アイディアだけを盗まれたら、このビジネスプランから生まれるであろう莫大な利益が私の掌からおぼれ落ちてしまうことになる。しかし、それはくだらない胸算用であろう。A出版の面接用に案出したプランなのだ。面接で披露しないなんて本末転倒だ。それにこのような妙案を案出できるような大人物に不採用通知を出すような人間がいるとは思えない。

そして、私は勝ちを確信したのである。

 

面接官は、雑誌の編集長が2人だった。一人は、憧れの『ピーーーーーークス』の編集長だった。

面接が始まり、いくつかお決まりの質問に答えた。そして、しばらくしておやっと思った。この求人は、既存媒体または新媒体、どちらに挑戦してもいいと要項に書いてあったはずだ。とにかく、チャレンジングな人材を募集していると。しかし蓋を開けてみたら、どうやら単純に『ピーーーーーーーーーックッス』の編集部員を募集しているだけのようだ。私は『ピ』誌で働いてもいいと思っている。しかし、正面突破は難しいと考えたから新案を用意してきたのだ。どうなのだろう、これは、正攻法で『ピ』が大好きだから、そこの編集部で働きたいと正直に言うべきなのか。

質問の中に、最近登った山名を聞かれ、いくつかの高山の山を答えた。面接官は、なるほどといった感じで私の答えを聞いていた。私が山好きであることに好印象を抱いているのがわかった。このまま、山好きをアピールすれば良いのか、私は方針を定められずにいた。

 

すると、もう一人の面接官(担当雑誌の名前は忘れた)が、「なぜ雑誌が好きなのか」と聞いてきた。私は、いつも通りの正直さをはっきし、「いや、雑誌はそれほど好きではない」といった意味のことを言った。そして「よく読む雑誌はありますか」という質問に対してもやはり生来の実直さで、だから正直に、『山と渓谷』と答えた。『山と渓谷』は、むろん、『ピーークッス』のライバル誌である。私は、嘘が苦手なので、毎月『ピ』を読んでますなどとは言えない。しかし、おそらく、ここは、『ピ』を読んでいますというべきところだったのだろう。

 

私は、よく、面接中に壊れるのである。

この日も、上記2問に対して、「雑誌は別に好きじゃない」「『山と渓谷』最高!」といった意味の破滅的な回答をすることで、完全に私の頭のねじが外れ、脳みそが溶け出し、肛門から残糞が大腸を逆流し、前日に案出したかつての「妙案」が汚物にまみれて、口から糞を吐き出すかのように思念がただただ、ダダ漏れにダダ漏れるかのように、一気に口をついた。

 

「いや、私は新しい求人誌を作りたいのです。私は自分のようなアウトドアの仕事に就きたい人たちのために、メーカーやショップ店員、山小屋のスタッフや山岳ライターなどの仕事をあっせんする雑誌、サービス、サイトを構築したいのです。現状は、『ヤマケイオンライン』のようなサイトで細々とやっているだけで、アウトドアの仕事を探している人たちがうまく自分の希望にそった仕事をさがせていません。私もそのうちの一人かもしれません。だから、A出版さんで、求職者とアウトドア企業の架け橋になるような求人誌を作りたいと考えています」

一人の面接官に、

「今回の応募では山の雑誌を一緒に作ってくれる即戦力の編集者を探しているから、あなたが言っているのはちょっと違う」

と言われた。

もう一人の面接官も苦笑しつつ、同意していた。

むろん、私もその二人に同意した。

その瞬間、面接は終わったといってよい。しかしまだ始まって15分程度しか経過していなかった。面接を終わらせるには、早すぎた。

しばしの沈黙の後、一人の面接官がノートブックを閉じ、書類を折りたたみ、席を立った。

「俺、締め切り迫ってるから。ごめんね!」

帰ってしまったのである。

私ともう一人の面接官は、お互い気まずそうに少し笑った。そして、5分ほど、雑談をした。その中で、今回の求人には数千を超える応募があったことを聞かされた。

なぜ、私が面接までたどり着いたのかはわからない。選ばれし者だったのか。

その後すぐに面接は終わった。終始『ピー』の編集長は紳士的だった。彼の編集する雑誌なら、隔月ぐらいで購入してもいいとさえ思った。

 

面接を振り返って、私はなぜ『ピーックス』で働きたいといわなかったのか、実際に働きたかったのに。今もって不思議でならない。なぜ山好きをもっとアピールしなかったのか、実際に登山が好きなのに。なぜアウトドア求人誌を作りたいなどという、心にもないことを言ったのか。珍案どころの騒ぎじゃない。移住とか、どうでもいいではないか。面接では、移住には触れなかったけれど。

 

今回の面接は、さすがのプロ転職家である私でさえ、少し、傷ついた。おそらくトラウマになる。斬新といえば斬新な面接だった。天邪鬼過ぎた。すこしひねりを加えすぎたかもしれない。次に受ける会社では、もう少し素直なスタンスで面接に臨もうと私にしては珍しく、反省した。