登山にとって野糞とはなにか

もくじ

5月3日(土)奥多摩駅~鋸山~御前山~奥多摩湖

私は、登山にはまっている。

昨日の山行で、4週連続の登山となった。いままで、大きな事故にもあわず、道迷いや滑落、遭難などの山岳事故にも一度もあったことがない。運が良いともいえるし、万全の備えと慎重な行動が、それらのトラブルを事前に回避させているともいえる。

しかし、好事魔多しの言どおり、すべてがうまくいっている状況においてこそ、突然、悪事が出来するものである。

2014年5月3日、私は岳友2人と奥多摩の御前山に山行に行った。

奥多摩駅から10分ほど歩道を歩き、キャンプ場横の登山口から、まずは鋸山を目指し登りだした。

この日の朝、東京の予想最高気温が26度まで上がるというニュースをみた。朝の奥多摩は都心よりもだいぶ気温が低いようだった。しかし登りだしてすぐに汗が出始め、早々に私はウインドブレーカーを脱ぎ、長袖インナーと半そでシャツで行動することになった。

 

これは腹痛ではないと自分に言い聞かす

2時間ほど歩いた。途中いつもよりも多量の水を飲んだ。順調に歩を進め、あと20分ほどで鋸山につくであろう地点で、最初の腹痛が私を襲った。しかし私はこの腹痛を、認めなかった。

あらゆる条件を精査したところ、いま、この瞬間、私が腹痛におかされる可能性は極めて低いように思われたからだ。朝、奥多摩に来るまえに、私は青梅あたりのコンビニで脱糞していた。

多くの成人した人間がそうであるように、私も、糞の質でその日の自分の体調を95%以上の確率で当てることができる。この日、「今日の体調は極めて良い」と、私の糞は私に向かってニッコリと微笑みかけてくれているようだった。

これは腹痛ではないと判断したいまひとつの理由は、私の経験則からである。私はいままで登山中に腹痛になったことが一度もない。だからこの日もまさかこの私が山行中におなかが痛くなるわけがないと、頑なに腹部での異変を認めなかった。

しかし、間を置かずして、第二波が私を襲ってきたのだ。

私はお腹をさすり、歩をゆるめ、お腹のコンディションを見極めようと試みた。

非常に残念だが、それは間違いなく、腹痛だった。そして、経験的にいって、遠くない将来に私の肛門から下痢便が発射される確率は、99.9%以上だった。スイッチはすでに押されていたのだ。

私はまず、同行者に腹の異変を打ち明けた。運よく、一人が下痢止め薬である「ストッパ」を1粒持っていた。私はそれを貰いうけ、すぐに服用した。以前腹の弱い友人が、「ストッパ」の即効性を高く評価していたのを思い出した。私はそのことを拠り所に、「大丈夫だ、俺ならやれる」とわけのわからない暗示を自身にかけた。しかし、好転する可能性がほぼないことは明白だった。

 

前門の狼、肛門のウンコ

このとき私に残されていた選択肢はほとんど1つしかなかった。

この地点、すなわち、登り始めてから2時間の場所から下山して奥多摩駅のトイレに駆け込むには、やはりどうしたって2時間弱はかかってしまう。さらにアンラッキーなことに、地図で確認したところ、山頂付近にトイレのマークが一つも見当たらなかった。通常、山小屋があればそこに簡易トイレがあるものだが、御前山は奥多摩三山の一つではあるものの、残念ながら宿泊施設を設置するような山ではなく、必定、トイレ設備もない。

山を急いで下っても、駅のトイレに行くまで我慢できる状態では到底なかった。登りつづけても、山頂にトイレ設備はない。

私に残された選択肢は、野糞だけだった。

先行する岳友2名が、すこし平かな箇所で私の到着を待ってくれていた。私が到着するとすぐに、「左手のほうが傾斜が緩いね。右側は、落ちたら危ない」と野糞ポイントを指南してくれた。

私は、少しも逡巡することなく左手の緩やかな傾斜を下った。ザックの脇ポケットに入れてあるレジ袋を1枚とり、ズボンのポケットにポケットティッシュがあることを確認した。

幸いにして、行動中、私たちはほとんどほかの登山者に会わなかった。前後に登山者の気配はなかった。誰かに見咎められる心配はなさそうだった。

登山道から外れた緩い傾斜を、岳友まで放屁の音が届かないであろうところまで慎重に下りた。だいたい30メートルほど下り、付近で一番大きい巨木の脇にあたりをつけた。ザックを下ろし、ティッシュを取り出し、レジ袋を広げた。

私は全神経を集中し、五感を研ぎ澄ました。あたりを目視した。植物だけで、人の姿はない。私は、耳を済ませた。登山者の声、靴音、熊よけ鈴、なにも聞こえなかった。風の音、鳥のさえずり、葉が擦れ合う音だけが耳に届いた。

中腰になり、私は、ズボンを下ろした。躊躇いはなかった。できるだけすばやく済ませることだけを考えていた。

名前も知らない植物や小枝が堆積する地面に私は、脱糞した。私は32歳だった。野糞デビューに早すぎる年齢なのか遅すぎる年齢なのか、私にはわからなかった。

 

登山中のうんこは下痢以外の何物でもない

糞は、もちろん、下痢だった。不自然なほど、黄色かった。百年経っても、土に同化するようには思えないほど鮮やかな黄色だった。とても人工的な色だった。

大自然のなかで野糞をすることは気持ちいいものなのかと問われても、私にはわからない。とにかく短時間で済ませることだけしか考えていなかった。こんなにも無我夢中の脱糞はいままで一度も経験したことがない。

一ついえるのは、野糞時、臭いは風に流されるということだ。私の糞の臭いは、微風に乗って拡散し、奥多摩の自然のなかに溶けて、消えた。

家や公衆トイレなど個室内でする脱糞は、どうしたって臭いが充満し鼻を突く。自然のなかでは、糞は視認せざるを得ないが、臭いは絶無だ。臭いという糞にとっては二義的な要素を排除し、「糞自体」と対峙した時、人の精神は常態とは別次元に到達することになる。つまり、「(野糞が)開放的だ」と感じるのは、広い空間で糞をするという「視覚的」開放感と、臭いが拡散するという「嗅覚的」開放感の二要素が必須であり、逆に言えばこのあたりに「野糞の気持ちよさ」の本質があるように思われる。

とまれ、私は半カレー程度の量の下痢便を排出し、敏速にポケットティッシュで肛門を拭いた。ティッシュはすべて使い切った。残すことなく、足りないというでもなく、われながらいい配分でティッシュを使用できたと思う。

山では、糞は残していいが紙は持ち帰らなくてはならないというルールがある。紙は自然に帰らないからだ。

私はレジ袋にティッシュを入れ、口をしっかりと結わえた。ザックからもう1枚レジ袋を出し、袋を二重にした。それでも私の心は平静に戻らず、狂ったようにザックの中をかき回し、最後の1枚のレジ袋を出し、三重の強固なバリヤーで臭いを封印した。

 

ティッシュは持って帰るのが山のエチケットだが…

私は、ザックを背負いレジ袋を手に持ち、岳友の元に戻るため、傾斜を登ろうとした。去り際、私は糞を一瞥した。この不自然な黄色い人糞も土にかえるのだろうか。にわかには信じられない。そしてその横に残された2枚のティッシュをみた。目を逸らしてはいけない。私が犯した過ちの証拠。私は登山者失格なのだ。殺人者が、現場に指紋と血のついたナイフを置いていくようなものだ。私は、この2枚だけは、レジ袋におさめる気にはなれなかった。なぜなら、それは最初に肛門をぬぐったティッシュであり、2回目にぬぐったティッシュだったからだ。それはほかのティッシュに比べ、明らかに、多量の糞が付着していた。とてもじゃないが、横浜の閑静な住宅街に住む都会派登山家の私は、それを持ち帰るなどという不潔で野蛮な行為に手を染めるわけにはいかなかった。登山ルールの遵守よりも、私は衛生面を重視した。

これが、リアルだ。これが人並みの登山者の実態なのだ。異論は認めない。反論があるのなら、山で野糞をしてからにしてもらいたい。

仲間のもとに帰還しとき、二人の岳友は軽口と優しさといたわりをもって迎えてくれた。心底、同行者が年長の、男性の岳友でよかったと思った。

もし万が一これが妙齢の女性の岳友だったらと思うと、想像するだけで下痢便が2デシリットルほど漏れそうになる。ほんとうに男性でよかった。不幸中の幸いである。

私は、三重のレジ袋をカラビナに引っ掛けてザックに外付けしようとしたが、同行者に「それはちょっと・・・・・・」といわれたのでザックの中におさめた。なぜか、同行者に対して不快な思いをさせたくないと思ったのだ。

彼らのうちの一人は、以前、野糞を経験している猛者だった。もう一人はまだ未経験だった。経験者は、言外に、「おめでとう。これで君も一人前だ」と私を祝っているような感じだった。未経験者は、なんとなく、私に対して先を越されたような負い目を感じているようだった。いずれにしても、2人の温かい後押しがなければ、私の野糞デビューはもっと悲惨なものになっていただろう。ここで改めて御礼を申し上げたい。

 

腹のコンディションは回復、精神は崩壊した

野糞を垂れたからといって、私の体調が100%になったわけではなかった。いつものコンディションを100とすると、4ぐらいだった。それは排便することで簡単に回復するものではなかった。身体的には、もう下痢便の再襲来がある段階ではなかった。「第2回野糞大会@奥多摩」の開催は、ありそうになかった。その意味ではよかったのだが、しかし、精神的なダメージが大きすぎた。

私は、野糞をした。私は、ティッシュを2枚置き去りにした。そして、肛門を拭いたティッシュは、今私が背負っているザックのなかにある。排便すればすべて楽になると思っていたが、そんな甘いものではなかった。野糞、とくに山での野糞は、排便してから本当の困難に直面するのだ。ザックに糞付きティッシュがある限り、一秒ごとに、一歩ごとに、一呼吸ごとに、私は傷つき、損なわれていった。

それは、下山し、公衆トイレかコンビニのゴミ箱かに糞付きティッシュを捨てるまで止むことのない苦行だった。もしかしたら寿命も縮まっていたのかもしれない。

私たちのパーティーは、いつもよりもゆっくりとした歩みで、山頂を目指した。鋸山に到着し、少し休憩し、御前山へ向かった。

道中、私は一度たりとも本当の意味での回復はしなかった。御前山で昼食を食べている時も、下山路を歩いている時も、いつも、ザックの中の糞付きティッシュのことが気になり、考えれば考えるほど精神が消耗した。

年長の同行者は終始気を使ってくれた。大丈夫、気にすることはない、これもいい経験だよといってくれた。私はそれに対して、弱く笑うことしかできなかった。

私は歩きながら、何度も自問した。「俺は、ベストを尽くしたのか」と。

 

野糞に必要なのは、「トイレットペーパー」と「ジップロック」

もちろん、私はぜんぜんベストを尽くしてなどいなかった。もう少し、登山における野糞問題について、従前から対策を立てておくべきだった。それは、体調管理もさることながら、やはり装備の問題につきる。備えあれば、憂いもなかったはずだ。

私が今回の野糞で使用した装備は「レジ袋3枚」「ポケットティッシュ1個」のみだ。しかし同行者曰く、登山者は基本的に芯を抜いたトイレットペーパーを常に携帯しておくものだという。一ロールあれば、好きなだけ糞を垂れることができる。今回は1回で1個のティッシュしか使わなかったが、今後1回の山行で2回、3回と複数回にわたる野糞をしないとも限らない。そのときのために、今後は「芯抜きトイレットペーパー」は必携だろう。

また、ペーパー以上に今回反省したのが「ジップロック」の不携帯である。レジ袋をいかに二重、三重にしてもどうしても口のところから臭いが漏れてしまう。今回、私はその結い口に鼻を近づけることをしなかったので、本当に漏れていたかどうか、真偽のほどはわからない。しかし、穴があれば臭いは漏れる。ならば密閉するのが良いだろう。「ジップロック」ならば完全に密閉でき、臭いが漏れることもない。

「芯抜きトイレットペーパー」「ジップロック」のほかに、「ウェットティッシュ」も必携だ。これは大便後でなくても、小便後や昼飯前の手の洗浄でも活躍する。常から持っておくべき装備品だろう。

これら装備品、とくに「ジップロック」さえあれば、たとえ野糞を垂れ、糞付きティッシュをザックの中に収納しても、今回の私のように一歩歩くごとにザックの中が気になり、精神を磨耗することはなかっただろう。まさに、準備不足の一言に尽きる。ひとえに私の手落ちであろう。

16時前に奥多摩湖に下山し、バスで奥多摩駅に戻った。

そこで同行者と別れた。帰りの道中、最初に目に付いたセブンイレブンに車を停めて、ゴミ箱に糞付きティッシュを捨てた。そして、誰かに呼び止められるのではないかという被害妄想を振り払うかのように、すぐに車に飛び乗り逃げるように発車させた。

 

野糞は「イニシエーション(通過儀礼)」である

ジップロックほどではないが、三重のレジ袋は、たぶんほぼ完全に臭いを遮断できていたはずだ。

帰りの道路は、連休中にも関わらずほぼ渋滞がなかった。途中、町内の祭りが開催中とのことで、迂回路を通るはめになった。住宅街の狭い道に、迂回してきた車が鈴なりなって、短い渋滞がおきた。

沿道に、手をつないで祭りの会場に向かう親子づれが何人もいた。お父さんもその子どももはっぴを着ていた。彼らは、祖先や、奥多摩の山の神々に祈りを捧げるのだろうか。

そのとき、さっき捨てた糞付きティッシュが置いてあった助手席のほうから、人糞の残り香が私の鼻腔を鋭く突いたような気がした。そしてふと、こう思った。野糞もまた一つのイニシエーション(通過儀礼)なのではないか、と。

野糞の体験が私を一人前の大人にさせたのかもしれない。事実あの時、ズボンとパンツを下ろす前、五感を研ぎ澄ましてあたりを見回し、耳を済ませたあの数瞬、私は確かに山の神と対話しているような感覚に陥った。初めての体験だった。山に入ることを覚えて以来、はじめて私は山と一体になれたような気がした。私はあの瞬間、山で糞を垂れることの許しを請い、そしてそれを許可された。しかし私は・・・・・・。

山を登る前の私と下りた後の私はべつの人間になったのだろう。もちろん、たんに成長したのではない。なぜなら私は、山に糞付きティッシュを2枚放置してきたからだ。私は野糞をすることで成熟し、ティッシュを山に残すことでダークサイドに堕ちたのかもししれない。いずれにしてももう、私は以前までの私ではない。山に登るとはそういうことなのだ。山で糞を垂れるとはそういうことなのだ。生半可な気持ちで入山すると痛い目にあう。私は、ダークサイドに堕ち、何かを喪失した。これからも登山を続ける限り、「成熟」と「喪失」を繰り返すことだろう。しかし、私はそれらすべてを受け入れるつもりだ。それが登山者としての最低限の心構えであるはずだからだ。

 

(本稿は、『山と渓谷』2014年7月号に掲載させるべく執筆した書き下ろしの登山記録である。「登山と野糞」という、登山をするうえで避けて通れない最重要課題に真摯に向き合ったつもりだ。本稿が同誌に掲載されるかどうか私にはわからない。これから編集長以下編集部が侃侃諤諤意見を戦わせて、掲載の可否を決めることだろう。しかし、ライバル誌『岳人』の発行元が東京中日新聞からモンベルに移るなど、「老舗登山雑誌」ですら安泰ではない現下の出版界において、これから先生き残るには、まずなにより読者のニーズに応えた誌面構成を考えるべきであるという考えに異論を挟むものはいないだろう。登山雑誌においてはまず「うんこ」の問題に真正面から向き合うことからはじめるべきだと私は考えている。この考えが山岳雑誌の発行者と同じくするものであると私は強く願っている)

 

 

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