西村賢太的日払いバイトの日々

今日も一日平和だった。とにかく自家製弁当が美味すぎて仕合せだ。冷食工場で働いている労務者の皆さん、ありがとう!

西村賢太の「苦役列車」を呼んでいる。19歳のコンプレックスの塊のような青年が主人公。日払いのバイトで生計を立て、1万5千円のアパートに住み、安酒と買淫のみが生きがいの夢も希望もない男の話。仲良くなった同年の友人とその恋人を酒の席で痛罵し愛想をつかされ孤独のどん底に転げ落ちるさまは痛快だ。まだ途中だが、どう考えても沈うつな結末しか用意されていないであろうな。

読んでいて、学生時分の日払いアルバイト、弁当工場でのアルバイト、またエアー出勤時代の倉庫内作業を思い出した。

ぼくは工場労務が好きだ。

朝早く出勤し、夕方までお昼休みをはさみひたすら働らく。

ベルトコンベアの前に立ち、容器を出したり、バット入りの米飯を機械に投入したり、おかずを容器に入れたり、バランをセッティングしたり、フタを閉めたり、こっそり屁をこいたり……。

ベテランのおばさんたちと一緒にラインに入ると、コンベアーのスピードについていけないことがままあった。見た目はのろいコンベアーでも、おにぎりの海苔を巻いたり、弁当のフタを閉めたりすると、途端にスピードについていけず後れを取ってしまう。そしてコンベアーがいったん止まり、リーダーに冷たい目で見られ、スピードを落としてもらったり、別の簡単な工程へ「降格」させられたりする。いままで味わった人生の辛酸の9割がたをあの工場で舐めた。

思い返すと、大学時代の弁当工場でのバイトが一番手ごたえのある労働だった。仕事の後の満足感、疲労感は、その後のオフィスワークでは味わえないほど濃密なものだった。屁もたくさんこいた。

リーマンショック後のエアー出勤時代に日雇い派遣で倉庫内作業をしていた時も、いまでは考えられないほどの充足感を得ていた。

食堂の窓からみた鈍色の工場地帯や、長机で食べたコンビニ弁当やカップラーメン、暗い電灯の下で昼の情報番組を呆けた顔で見ていた労務者たち。それまでオフィスワークがメインだった人間にとっては異質といえる労働環境だった。

大半の根暗な人間が、都会で憂鬱症に罹るのは、自身の性格の暗さと街の明るさがミスマッチだからであるという説を聞いたことがある。ならば、皆、街を出て、工場地帯に行けばいい。昏い人間はあの暗鬱とした環境こそ適所といえる。もっと光をと言ったやつは誰だ、阿呆だ。時代遅れの3流ポエットだ。光あるうち光の中を歩めといったのは誰だ、5流ライターめ。21世紀の憂鬱なシティーボーイであるぼくは、暗い蛍光灯の下でひたすらに「アイフォーン」になんかわけのわからない丸いシールを貼り続ける仕事がしたい、あの日のように。灯りを消した誇り臭い更衣室の隅で、つかの間の午睡に耽りたい、あの日のように・・・・・・。

結局、リーマンショック後の2009年は、まるまる1年間、無職だった。最初の3ヵ月ほどはエアー出勤をして精神を鍛え、その後は日雇い派遣で小金を稼ぎ、ハロワ通いを続けながら毎朝規則正しくうんこをした。その間、手元の日記によれば、計443回うんこをした。

今まで、 IT、出版、調査、出版、卸、出版、出版で働いてきたが、工場での労務がいちばん肌にあった。毎日決められた作業量を黙々とこなす。夕方に体力があまっていれば残業し、疲弊していたら、送迎バスで帰宅する。適度な疲労感が心地よかった。

作業場は、川崎が多かった。朝、労務者の一団でバスに乗って、倉庫地帯まで行く。「苦役列車」の世界そのままだ。

それぞれの作業棟の前で降りて、仕事場へ向かう。倉庫地帯はいつだって森閑としていた。建物の大きさや数に比して、人間があまりにも少なすぎた。ごみごみしている都会の町並みとは別種だった。異界といえる空間だった。

人工島の東扇島が印象的だ。川崎駅からバスに乗り、海底トンネルを超えて倉庫地帯に入ると完全に孤絶した異世界に迷い込んだ感じになる。

仕事終わりの夕刻、朝と同じように海底トンネルを通ってバスで川崎駅に着くと、いつも一つの冒険から無事帰還したような心持になったものだ。

今日もあの時のぼくのような労務者が、ピックング、シール貼り、ダンボールつぶし、荷物の搬出入などをしているのかと考えると不思議な感じがする。

ちょっと懐かしくなって「バイトル」や「an」でアルバイトを探してしまった。工場や倉庫での軽作業がしたくなった。有給をとって働きたくなった。

考えてみればいまの出版業なんてものも、ほとんど軽作業だ。校正や原稿のリライトやテープ起こしなんて、単純労働以外のなにものでもない。

そんな仕事よりもぼくは荷物の仕分けや荷下ろしがしたい。川崎のH&Mの倉庫で働いていた時代が懐かしい。変なおっさんや意地悪なおばさんやパンクロッカー風の兄ちゃんや前科者たちと一緒に働いていたあの頃に、戻りた・・・・・・くない。

でも1日ぐらいは倉庫内作業をまたしたい。日給で8000円くらいか。交通費と昼飯代で1000円ぐらい。一日働いて7000円の稼ぎか。その金で、焼肉でも食うか。

 

 

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