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ベア

世間ではベア、賃上げ、春闘などといっているが、たしかに勤め人にとって基本給を上げることは重要だ。
給料が安いと生活に困るし、欲しいものが買えないし、俺みたいな薄給は昼飯代金さえ節約しなくてはいけないから、毎朝弁当を拵えたりもしている。健気なものだ。

しかし残念ながら、俺みたいな零細企業づとめにはベアなど無縁だ。社員数3名で来月からは2名になる。労組などないから、賃上げを要求するなら社長に直談判しなければならない。
そんなことはできないというかしづらい。というか、やり方がわからない。ハチマキ巻いて、プラカードもって、シュプレヒコールあげればいいのか。よくわからない。恥ずかしい。

考えてみれば社長はむかしゲバ棒振ってた側の人間だから、低賃金で社員を働かせることに後ろめたさを感じてもいいはずだ。体制憎しのメンタリティを忘れちまったのか。か弱い労働者の側にたって物事を考えるべきだ。社長と俺の間に給与差があることすらおかしい。全員一律の給与体系にすべきだ。

給料が安すぎて辛い。

残業代がでないのはきつい。賞与もほとんどない。大卒の初任給とほとんど同じ程度の給与ではやっていけない。
そんななかで、俺はいま、テントを買おうとしている。山岳用のテントだ。
今日スポーツショップでいろいろ見たが、「アライテント エアライズ2」にしようかと思っている。46,000円ぐらいだ。グラウンドシート5,000円も買う必要があるだろう。大き目のザック30,000円も当然必要だ。合計で8万円はかかる。ほかにもシュラフマット5,000円も欲しい。

いったいどこにそんな金があるというのか。こんな薄給で散財などできない。だけど、俺はする。買う。要するにこれがもうすでにサバイバルというか冒険なのだ。山になど行く必要はない。秘境や未開の地にわざわざ行かなくても、貧乏人がテント泊セットを購入するという困難に挑むことが、冒険なのだ。

そんなことはどうでもいい。とにかくテント泊セットを買うんだ。

そのためにはどうしてもベースアップが必要なんだ。

俺には秘策がある。かつて何度も使ってきた奥の手がある。

それは退職を申し出ることだ。
いま、もし、自分が会社を辞めると社長が困るという状況なら、すぐに辞職を申し出るのがよい。そうすると社長から慰留される。そしてだいたいにおいて、交換条件として給与アップが提案される。俺はこれでかつて、3万円のベアを実現した。大手自動車メーカーすら数千円レベルなのに、俺は3万円だ。

いまなら5万円も夢じゃないかもしれない。なにせ、先輩社員が一人退職するのだ。立て続けに社員を辞められては、いくら零細企業で仕事があまりないとはいえ、社長も困るというものだ。

ただ、これは失敗のリスクもある。退職を認められたら。まだ俺は転職先が決まっていない。退職は時期尚早だ。

さらに賃上げが却下される場合もある。そうなると社長との間に溝が生まれる。それはいやだ。

ほんとうに働くのは辛い。働きたくない。