エアー出勤と歩くことについて

「エアー出勤の真髄は歩くことにある」

 良きエアリーマンは歩くことに習熟している。歩くことの重要性に自覚的である。逆に、歩くことを軽んじている人はエアリーマン失格である。

 

 「歩くこと」と「働くこと」は、英語の"work"と"walk"が似ていることからもわかるとおり、非常に関連性が高い。

 歩くことがすなわち働くこととさえいえる。

 歩くことは労働である。そのため歩くことによって当然賃金も発生するはずだ。歩けば歩くだけ高収入を得られるということである。

 この考えになんらおかしな理路はない。逆に言えば、オフィスの自席にふんぞり返って一日中パソコンの画面を睨んでいるOffice Workerは、Bad Walker(=Bad Worker)であるといえるので、本来ならば無給である。彼らは社会から指弾されてしかるべきである。

 しばしば「汗もかかずに虚業で儲ける人々」が人々から後ろ指を指されるのはこのためである。本当の勤労者とは良き歩き手である。

 

 このことを歴史上はじめて指摘した大人物は、横浜の閑静な住宅街に住む32歳の好青年(実家暮らし、独身、趣味は登山)である。2014年の初頭のことである。

 この金言を聞いた人々は、口々にこう言ったものである。

 「何言ってんだこいつ?」

 

レールの上を歩く人生

 良き歩き手(Good Walker)が良き労働者(Good Worker)であるという私の至言に半畳を入れる者の多くは、エアー出勤の経験がない者たちであるように思われる。

 他人に敷いてもらったレールの上を歩くようなタイプの人たちだ。私は、こういう人たちを愚かと断罪する。

 私は彼らとは違う。私は、他人様に敷いてもらったレールの上は、主に電車に乗って移動するタイプだ。特に、東急様には平素よりお世話になっています。レールの上を歩くのは頭が足りないか、「スタンドバイミー」を見過ぎたタイプの少しおっちょこちょいな人たちでろう。今後は気をつけていただきたい。

 

 通常、 エアリーマンは、時間が有り余っていると同時に経済的に余裕がない。

 なぜなら、毎朝会社に出勤してはいるものの、そこはエアー会社だから当然給料が発生しないからだ。エアー出勤先でのエアー労働である。必定、生活は困窮する。

 

 出勤先は、公園、コンビニ、電車内、映画館、図書館、コーヒーショップ、ファストフード店、ファミレス、本屋などだ。バリエーションこそ豊富だが、それらの出勤場所の多くは有料である。

 これがエアー出勤者には辛いところだ。他の勤め人と同じように朝早く起きて、電車に乗って出勤しているのにも関わらず、その対価には雲泥の差がある。しかも、通勤費さえも自腹なのだ。政府はエアリーマンに特別なクーポンを発給するなど、救済策を早急に講じるべきだ。なんなら私がロビー活動をしてもいいのだが、いったい誰がエアー出勤に知悉している議員なのか、私は知らない。誰か知っていたら教えて欲しい。

 

エアー出勤と出費

 サラリーマンは毎月固定給をもらっている一方で、エアリーマンの賃金はゼロ円だ。

 介護士や漫画家のアシスタント、弱小出版社の編集者などの薄給で知られる職種よりも輪をかけてひどい待遇だ。社会保険だってない。一日十時間以上働いているのにだ。

 

 長い時間を、屋外や公共施設などで潰さなければならないのにも関わらず、出費を極力抑えなければならないというのは、想像以上に過酷である。消費社会に生きる私にはとても困難な作業である。

 そんな時にもっとも効率よく時間を潰す方法が、「歩く」ということなのだ。歩くことは無料である。金が一円もかからないのが最大の魅力だ。

 

 たとえば、マックでコーヒーを頼んで一時間時間を潰すのには約百円の出費がかかる。

 さらに言えば、一時間時間を潰すというのは、言うは易しおこなうは難しだ。暇な時間を潰しているときというのは五分、十分という短時間ですら、いつも以上に長く感じてしまうものだ。

 そこで、「歩く」のである。

 

横浜から桜木町の道のりを歩く

 たとえば、横浜から桜木町方面に行って戻ってくるルートを検討してみる。

 まずは、横浜駅からダイエーやハンズ、ドンキのほうに向かう。出勤早々、早朝の時間帯なので、ほとんどのお店がまだ営業前だ。営業中なら少し立ち寄りたかったところだが、私はひたすら歩く。

 橋の手前のにある有名ラーメン店「吉村家」を一瞥し、私は先に歩を進める。

 橋の真ん中から、横浜駅方面を眺める。たくさんのレールや色とりどりの電車の車両が視界に入る。

 それをみて私は、誰かに敷いてもらったレールや用意された車両も、行き先や色や形が多彩でいいものだなと少し感傷的になる。レールの上を走るというのは必ずしもネガティブではないな、などと考えつつ、歩き続ける。

 橋を渡りきったら、少し歩を休めるのも良いだろう。

 歩くことに疲れたら止まってもいい。

 しかし完全な休憩というわけではない。高島町のブックオフでコミックを立ち読みするのだ。ブックオフの従業員はよく教育されている。誰が入店しても元気な挨拶をしてくれる。むろん、私はスーツ姿なので外見上はサラリーマンだ。毎日朝から晩までなにもせずただひたすらコミックを立ち読みし続ける無業者とは違う。

 しかし、私は本当はエアリーマンなのだ。月給取りではない。エアー出勤中だ。エアー労働だ。私にとってはすべての空間がエアー職場だ。朝一で営業マンがちょっと時間を潰すためにブックオフに立ち寄ったと、店員は思ったかもしれない。それも、エアーだ。

 私にとっては、ブックオフ高島町店のみんなはエアー同僚といえる。私はエアー同僚に心の中で、「おはよう」を言う。心が清清しくなると同時に、言いようのない哀しみが湧いてきてもそれは気のせいだ。そう、気のせいなのだ。

 

 立ち続けることもまた労働である。疲労する。その点、ただ座っているオフィスワーカーとは違う。歩く、立つというこそこそが、グッドワークなのである。

 少しして、ブックオフを出て、JRの線路沿いの歩道を歩く。桜木町駅まではもうすぐだ。

 

夢の街、桜木町

 駅前の交差点で私は少し興奮する。

 右に進めば野毛山だ。そちらには動物園や中央図書館がある。左に進めばランドマークタワーや赤レンガ倉庫など観光名所がたくさんある。

 桜木町・関内エリアというのは、エアー出勤者にとっては夢のような街だ。

 渋谷、池袋、新宿のように猥雑としていないところが良い。時間を潰せるスポットが点在している。赤レンガ倉庫、大桟橋、山下公園、港の見える丘公園などの観光スポットが歩いて回れる。他にも中央図書館や野毛動物園など、暇を持て余している人たちにはもってこいの場所が多々ある。

 

 私は左に歩を進める。駅前の広場を歩いてエスカレーターに乗る。動く歩道に乗りながらMM21地区の観光名所を眺める。そして、ランドマークタワーに入る。

 横浜美術館方面に行ってみる。むろん、美術館は入館料がかかるので、外に張り出されているポスターを見て鑑賞した気になる。

 少し戻り、ワールドポーターズ方面から、赤レンガ倉庫前を通り、港町を歩く、歩く、歩き倒す。労働、労働、労働。なんて清清しいのだ。

 大桟橋を左手にみて、山下公園のほうに向かう。山下公園に入ったら公園のベンチで休む。ここで、缶コーヒーを買うのは素人である。同じコーヒーを飲むのなら、飲食店内で飲むべきだ。そうすればそこで飲み物を飲みながら、座って時間を潰せる。半日歩き倒したのだ。少しぐらい素人の真似をして座ってもとやかく言われたくない。

 

 その後は歩いてまた桜木町に戻る。そうすると、自分が想像した以上に時間を空費していて、心底驚く。まるで時間をすべてドブ川に投げ捨ててやったような、虚無感を感じる。本当に、完全に、非生産的な行為だなと感動で胸がいっぱいになる。

 重要なのはただ1点、出費がほぼゼロ円だということである。

 

WalkがWorkで何が悪い?

 晩に、帰りの電車の中でうとうとしている時、今日も一日Good Jobだったなと自分を労う。

 歩くということを覚えた時、私は少しエアリーマンとしての自分に自信をもてた。

 これは絶対に後世のエアーリーマンに残さないといけない。もしエアー出勤することで何かネガティブな感情に押しつぶされそうになっている人がいたら、「歩け!」と私は言いたい。

 まず、歩く。歩くことで身体が健康になる。気分転換になる。脳が刺激されて思考が研ぎ澄まされる。そして、歩くことは無料だ。いいから、何も考えずに歩くのだ。

 

 万国のエアリーマンよ、Good Walkerたれ。

 

 

歩く (一般書)

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考える人 2012年 11月号 [雑誌]

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