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あの素晴らしい日々をもう一度

社内ニート 転職活動 エアー出勤

12月16日(月)晩のポジティブシンキング

16日の月曜日、会社帰りに最寄駅から自宅に向かう登り坂を歩いているとき、クヨクヨしていてもしかたない、やるしかないんだと、私にしては珍しく前向きな気持ちになっていた。

私がこんなにもポジティブな気持ちになるのは、勤めている会社を辞める寸前、「よし、まずは辞職してから考えよう!」となるときだけだ。

そして、今回もまた似たような状況に陥ったなかでの、ポジティブシンキングであった。死ぬ気になればなんでもできるというが、私は退職する気になれば何でもできると考える性分らしい。

 

「社員全員アルバイト化」計画

月曜朝の定例会議のあと、来春にいまの職業を失うことがほぼ確実になった。

失職すること自体は、あらかじめ予見できていた。なぜなら、私が勤めている会社の業績は、ここ数年かなり落ち込んでいたからだ。

安部首相の経済政策などどこ吹く風と言った具合に、絶賛急降下中なのが当社の現況である。毎朝出勤するたびに、まだこの会社は存続しているのかと純粋な驚きを感じているほどだ。知らぬ間に社長が解散を宣言し、勝手に会社を畳みかねないほどに会社は窮乏している。

 

2014年3月末日をもって、私をはじめ社員計3名の雇用形態がアルバイトになる。

いまいるアルバイト1名と3名の新たなアルバイト、総勢4名がバトルロワイヤルを繰り広げることになる。

アルバイトとして残りたいものだけが会社に留まり、それを不服と考えるものは転職なりなんなりをする。すべては個々人の自由だということだ。何名が引き続き残れるのかはわからない。

4人中3人毒殺すれば、確実に勝ち残りで「選抜メンバー」入りし、同時に刑務所行きが確実にもなる。いずれにしても、タフな戦いになるのは必定である。

 

しかし、「社員全員アルバイト化」というのははたしてフェアなのだろうか。

先に述べたように、そのこと自体は予見していた。ある信頼できる情報筋、すなわち同僚にして先輩であり、社長の姪っ子でもあるSさんと以前、酒を一緒に飲んでいるときに、「社員全員アルバイト化」の計画がひそかに企てられているらしいことを私は聞いていたからだ。

そのとき聞いた限りでは、社長はさすがにそれを実行に移すことは考えていないようだとSさんは言っていた。さすがにそれは無慈悲すぎる、と。

社員3名のうち、2名は三十代、もう一人は四十代という、今後転職するにしても簡単には次の職場が見つからない年齢に差し掛かっている。「アルバイト化」は現実的にはなさそうだと考えていたが、甘かった。

 

悔やまれる見通しの甘さ

計画の段階で社長を懐柔できなかったことが悔やまれる。

毎月薄給のなかから1万円を社長に渡せば、私の評価はうなぎのぼりで上昇し、自動的に「選抜メンバー入り」できていたかもしれない。毎朝社長の身なりを褒めたり、新刊が発行されるたびに、これは後世に残る名著ですねとか、言っておけばよかったのだ。

賄賂やお世辞というのは会社社会で生きていくために必要な処世術の一つであるということを知ったが、今となってはときすでに遅しである。

 

社長には、何人かの優秀な人材を残して、現アルバイトを含む何人かの有能じゃない社員を切り捨てるという考えはなかったようだ。それよりも、すべての人材を、平等に横一線に並べるという選択肢を選んだ。

これには、事情がある。社員3人のうち、一人が社長の姪っ子で、アルバイト1人もまた同様に社長の姪っ子なのだ。だから、全従業員4人のうち、2人が社長の姪っ子ということになる。あと何人姪っ子が入社してくるのだろうと戦々恐々としていた日々が懐かしい。

 

社長は、全従業員を、他人も身内も同レベルにおいて、そこから各人に今後の身の振り方を考えさせようという算段のようだ。そうすればうまくいけば身内だけで固められると考えたのだろう。

皆に平等に自由を与えているように見えるが、その実はかなり横暴な戦略といえる。

しかし、これもまた零細企業で働くことの醍醐味といえる。ルール無用で温情なんてものは欠片もない。使用者も労働者も皆フリーダムだ。

一方で、「何もかもお好きにどうぞ!」と言われましても・・・・・・と思わないではないが、それは考えないでおこう。

 

普通は仕事のできる順に会社に残し、他の人に「お暇」を出すべきではないか。それがフェアな判断というものだ。

姪っ子を残すために、全員均等に処遇するというのは端的にいってエコヒイキと思って、いやそれはそうでもないと思ってしまった。もし優秀な人材から残すとなると、私は・・・・・・。考えることはやめにした。これでいいのだ。社員の優劣などつけなくてもいい。仕事ができるかできないかなど、社長の恣意的判断による。ならば、全員アルバイト化だ。

 

宣告されたタイミングへの違和感

朝の会議で私が少なからず同様したのは、突然「社員全員アルバイト化」を宣告されたからではない。それ自体は前述したように可能性の一つとして想定の範囲内であったし、そもそも現実から目をそらすことで簡単にうっちゃる事ができるレベルのことだ。

その宣言がなされたタイミングが、今思い返してもどうも腑に落ちないのだ。解せないとでもいおうか。

 

会議では通常、業務ごとの進捗を、各担当者が報告する。

この日(16日)は最初に私が2,3の媒体について現在までの入稿状況や校正状況、今後のスケジュールなどについて報告した。そして続いて他の社員2名も同様に進捗状況を説明した。アルバイトの女性は特に発言はしない。そして最後に社長が、全体の仕事の状況と年内のスケジュールを皆に話した。それ自体は、いつもと同じ光景だった。

 

この日違っていたのは、なぜか社員の一人が社長に対してキレだしたという点だ。普段からキレ芸を得意とするNさんだった。

Nさんは、よくヒステリーを起こす。社長だろうが誰だろうが、気に入らなければ強い口吻で相手を痛罵する。

社会人としては不適格者なのかもしれないが、一定数人が集まれば一人ぐらいはそういうひとがいるものだ。

社長が何か頼んでも、機嫌が悪いとキレる。

「今じゃなければダメですか!」というのが決め台詞だ。キレられた時、社長はただただ苦笑し、じゃあ手が空いた時で良いよと優しく言う。

 

この日の会議では、なにが気に入らなかったのか、Nさんが突如、自分は忙しいから新しい仕事をふられても手がつけれらない、私ばかり無理を強いるのは納得がいかないと言い出した。

そこにいる誰もが唖然とした。誰も何もNさんに仕事を振ってなかったからだ。

さらに言えば、Nさんはたまに仕事中に居眠りをしていることを皆が知っているから、いったいこの人はなにを言い出すのだと、皆がNさんのトリッキーなキレ芸に度肝を抜かれた。このキレ芸の背後には何か真に重要な、凡人には理解できないようなご神託が隠されているのではないかとさえ思った。

 

温厚な社長も声を荒げるレベル

いつもならば社長はNさんのキレ芸を苦笑して流すところだが、この日は違った。

少し、キレた。

もし忙しくても仕事なのだから少しぐらい無理するのが当たり前、いまは経営が厳しいのだから一人ひとりがもっと真面目に仕事に取り組むべきなどと珍しく、声を荒げていた。

そもそも何でいち従業員が社長にキレてるんだという言い方をしないのが、社長らしい。あくまで、婉曲的に、一般論として、だからまったく本質的な点を指摘できていない。

 

しかし、感情的な人が往々にしてそうであるように、Nさんは社長に言い返されてしゅんとしょげ返ってしまった。いつもならキレたもん勝ちで、横車を押しても何も咎められないが、この日は予想外に社長に言い返され、完全に意気消沈してしまったようだ。団子虫のように身体を小さく丸めて黙り込んでしまった。

 

それで茶番は終わるかと思いきや、怒りが収まらないらしい社長が、

「ほんとう言うと、いまはこんな何人も人を雇える状況じゃないんだよ」

と言った。

何人もというほど雇い入れてはいない。社員3名、アルバイト1名の計4名のみだ。でも逆に言えば、そんな少人数でさえ食わしていくことができないくらい厳しい台所事情であるとも言える。

言外に、「人が多すぎるから口減らししたい」といったニュアンスが汲み取れた。

現に、ここ2年で、アルバイト1名、契約社員1名、社員1名がこの会社を去っていた。仕事量や業績を考えればまだまだ人が多すぎる。というか、率直に言って、社長と経理以外は不要な人材といえた。私が毎日一定時間以上ネットサーフィンに興じていることから、そのことは自明であるといえる。

 

姪っ子が華麗なるツッコミを入れる

私やNさんやアルバイトの子は、そんな愚痴とも本音ともつかない社長の言葉をスルーした。しかし、Sさんは違った。小さな声だが、確実に皆が聞き取れる声量で、

「それなら人減らせば良いじゃん」

と言った。

流石に社長の姪っ子である。的確に本質的なポイントを突く。

いつもそうだ。毎日寝てばかりいた社員に対して(Nさんではない別の元社員)、「寝すぎですよ」と注意したのは後にも先にもSさんだけだった。私を含め他のものは、我関せずで、すぐ横ですやすや眠る同僚をいないものとして考えていた。目の前の問題からは目を逸らすことが得策であると考えるタイプなのだ。

この朝の指摘もSさんしかできない類の鋭い指摘だった。口調が完全に身内テイストなのも良い。どう控えめに見積もっても、Sさんは大人物以外のなにものでもない。

 

いつもならば、こういう時もまた社長は、ニヤニヤ笑って、私同様に本質的な問題をごまかすのだがこの日は何もかもが通常とは違っていた。「人を減らせばいいじゃん」と姪っ子に言われ、反射的に、

「何人かに辞めてもらう予定ですよ。でもそれは法的にアレだから、まずは一律にバイトになってもらいますよ。それから残りたい人だけ残ればいいんですよ。いやなら他に行って結構! ああ?」

社長は完全に周章狼狽していた。最後の「ああ?」が軽い狂気を感じさせた。いや、少し、面白かったが。

言っていることが支離滅裂で、声は少し震えていて、そしてほぼ完全に勢いに任せて喋っていた。

なぜか終始敬語だったのも、心理状態の不安定さを物語っている。

「社員全員アルバイト化」が法的に問題があるのかどうか私にはわからない。しかし、業績悪化に伴うリストラクチャリングは、私が言うのもなんだが、アリだと思う。現状では、今の人員を維持していくだけの企業体力はないからだ。

 

この社長の名演説の肝は、重要なことを半ば思いつきで喋ってしまった点だと思う。

大好きな姪っ子に突っ込みを入れられたことに過敏に反応してしまった結果の「売り言葉に買い言葉」。

「社員全員アルバイト化」に関しては、アイデアとしては社長の中にあったのだろう。しかし、このタイミングでいう気はなかったはずだ。感情的になって、つい言ってしまったのだろう。

 

そして、あの伝説の・・・・・・

思いがけない宣告を下され、皆が押し黙った。

誰も何も言い返さなかったし、詳しい説明を聞こうとするものもいなかった。私同様、皆が、聞かなかったふりをしていたように思えた。

私は、また就職活動をしなくてはならないなと考えていた。

3年も同じ会社に留まっていた。少し長居しすぎていた。この間、私は30歳になり、来年早々に32歳になる。二十代の頃と違って、転職活動に難儀しそうだ。考えるだけで、気が重くなる。

 

幸い、「アルバイト化」まであとまだ3ヵ月ある。それまでに転職先を探すように努力するしかない。しかし、それまでに決まらなかったらどうなるのだろう。4月以降アルバイトとしてやっていくのだろうか。わからない。

アルバイトになってもいまと労働時間は対してかわらないだろう。しかし賃金は下がる。いまでもかなりの薄給なのだから、さらに経済的に困窮する。今後さらに実家暮らしを死守しなくてはならなくなるだろう。ママンをはじめ家人との心理戦が激化するものと思われる。先手を売って、年明けあたりから、自分の使った食器ぐらいは自分で洗おう。さらに状況次第では、家人の分の皿を洗うなどの積極性もみせる必要があるかもしれない。

アルバイトになれば、厚生年金・健康保険・雇用保険・労災保険もなくなる。働く時間も仕事内容も変わらないのに、条件だけは劣悪になることに私は耐えられるだろうか。

 

もしかしたら、発作的に3月末日をもって会社を辞めるかもしれない。

過去にそうしてきたように、会社を辞めてから身の振り方を考えはじめるかもしれない。普通は順序が逆だが、どうも私は、まずは自分を窮地に追い込まないと先のことを考えられない性分らしい。

だとすると、と考えないわけにはいかない。またあの伝説の・・・・・・。

 

30歳を超えてそれをやることは、いったいどれだけ大変なことなのだろうか。もしかしたら生命さえも脅かすかもしれない。二十代の頃とは何もかも違うはずだ。

しかし、私は何も考えずに、今回もまたそれをしてしまう可能性が高い。

伝説の、「エアー出勤」である。

 

  2013年12月23日(月・祝) 14:30 「ジョナサン」にて

 

ポジティヴシンキングの末裔 (想像力の文学)

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