人が山に登る理由

さっき県民ホールで行われた登山学会に出席した。西田氏の基調講演だけ聞いた。人はなぜ登山をするのかというテーマだった。すべての登山家が知っているものの、あえて口に出してまで言うまいとされていることを、「あえて」語っていた。むろん、僕も登山者の端くれなので、誰かに「なぜ山に登るのか」と聞かれたら、だいたい今日の西田氏の話していたことと大差ないことを答えると思う。

ようするに、登山というのは「行きて帰りし物語」であり、山に行けば誰でも簡易に成長物語の主人公になれるということだ。帰ってきた時に程度の差こそあれ誰でも成長しているということになる。だから登山者は山に向かう。約束された「成長」を獲得するために。

西田氏は、神話と登山について語っていて、ジョセル・キャンベルや大塚英志の考え方や著作を引いていた。大塚の著作(書名は忘れた)で、村上春樹と宮崎駿は物語の基本的な構造を抑えたものしか創っておらず、しかもその構造はキャンベルの提唱した以下の構成を忠実になぞっているだけという箇所を例としてあげていた。

Calling(天命)

Commitment(旅の始まり)

Threshold(境界線)

Guardians(メンター)

Demon(悪魔)

Transformation(変容)

Complete the task(課題完了)

Return home(故郷へ帰る)

詳しくは説明しないが、「魔女の宅急便」にしろ「千と千尋の神隠し」にしろ村上の初期三部作にしろ、基本的には上記の構成にしたがっている。

要するに、誰かから指令が下って旅が始まり、「向こう側」に行って、師匠や先生の助け・教えを請い、敵と戦う。その過程で過去の自分を超克する。そして敵を倒したり仲間を救出したりして、課題や困難を克服する。そして「こちら側」に還ってくる。

戻ってきたときの「私」は、以前の「私」とは違う。何かを失って、何かを獲得している。成長しているということだ。これは一つの通過儀礼で、困難を克服することで、社会の構成員として認められる、すなわち大人になるということを意味する。もちろん、現代においては通過儀礼の「意味」は無化されてしまっているが、それでも「成長」=「向上」という意味では一つの課題をクリアすることで人は確かに自己を成長させることができる。登山とはすなわちそのような通過儀礼的な意味がある。だから人は山に登って還ってきたとき、自分の成長を感じる。言い換えるならば、山に向かう理由は、自分の成長譚(物語)を生きるためであるといえる、と西田氏はいう。

キャンベルの先述の7項目を登山に当てはめると以下のようになると西田氏は話す。

天命:岳友からの山行のお誘いメール・フェイスブックのイベント

旅の始まりおよび境界線:未明=世界が寝静まっているころ=世界がまだ始動していないときに、彼岸=あの世=異界である登山口に、車に乗って向かう。

メンター:登山仲間のうちのもっとも山に詳しい人あるいは、山で出会うベテラン。まれに、山小屋の親父やビジターセンターのスタッフがそれにあたる。

悪魔:自然、雨、雷、雪、険しい登山道、長い歩行、蜂などの昆虫、熊などの獣、むろん、山それ自体も悪魔的。

変容:上記悪魔と対峙することおよび疲労やパーティーなどとの会話および自己対話によって、登り始めの自分とは、明らかに違う何かになっている。

課題完了:登頂および、無事下山。

故郷へ帰る:スーパー銭湯に入ったあと、帰宅。 

以上見てきたように、山に登る理由は、成長譚をなぞるためといえる。お手軽に成長を実感できるからといってしまえば実も蓋もない。しかし事実はそうなのだ。問題は最近の若い登山者がこのような自明であるはずのことも知らない、わかっていないということだ。さらに若者以外にも、年長の人間も上述のような常識を良くわからず山に登っていると西田氏はいう。そのことに小さからぬ失望を感じているとも。

西田氏の講演を聞き、成長物語=ハリーポッター=スターウォーズ=ドラクエなどのRPG的成長物語をなぞることの快楽は確かに山の一つの魅力であるものの、西田氏がいう「自明」がまったく自明でないこと――つまり最近の登山者が成長云々についてあまりにも無知なこと――はすなわち、登山には西田氏のいう古典的な理由以外にも現在的な山への衝動といったものがあるのではないかと考えている。それについてはまだ考えがまとまっていないので、『山と渓谷』から執筆依頼がき次第、まとめ、誌上で発表したいと考えている。

 

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