2013年11月9日 鷹ノ巣山(1736m)

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2013119日(土)、掛布隊員と私の二人で、鷹ノ巣山(1736m)へアタックした。横濱登山倶楽部としては、初夏の「川苔山」以来の山行である。

前日までに総隊長である私が計画を取りまとめた。そして例によって、前夜にちゃぶ台返しし、計画を白紙に戻した。

事前の計画では、奥多摩三大急登の一つである「稲村岩尾根コース」を登ることに決めていた。しかし、このコースは私たちの倶楽部では、まだ歯が立たない難コースなのではないかと思った。力量や経験、装備がまだ不十分なのではないか。このルートで鷹ノ巣を攻撃するには少なくとも1年以上は準備期間を設けるべきではないか。生半可な気持ちで仕掛けたら、途中で敗退してしまのではないか。悪くすると一人か二人絶命するのではないか。すなわち、横浜登山倶楽部二名全員死亡という、我が倶楽部史上類をみない悲劇を起こしてしまうのではないか、そのように私は危惧した。

そのため、断腸の思いで私は、直前で行き先を鷹ノ巣山から「御岳山」に変更した。掛布隊員にもそのように連絡した。しかし、その1時間後ぐらいにまた気が変わった。安きに流れるのは登山家としての恥なのではないかと思ってしまったのだ。横濱最強クライマーの名が泣くのではないか。勇気を持って難所に挑み、二人で鷹ノ巣山を総攻撃しようと私は心に誓った。掛布には、「やはり、鷹ノ巣をやりたいんだ」と本心をメールで告げた。掛布からは、「どっちやねん、ぼけ」と返信が来た。

 

未明。3時に目が覚めた。4時に車で自宅を出発した。415分に掛布と合流し、JR青梅線河辺駅(かべえき)には6時前に着いた。コインパーキングに車を停めた。そこから電車に揺られ、715分ぐらいに奥多摩駅に着き、バスで東日原(ひがしにっぱら)に向かった。

同じバス停で10名ほど降車した。靴やウェアやザックの着こなしを見るに、皆歴戦の強者たちのように見受けられた。大半の登山家は登山用のポールを持っていた。1本持ちの人もいれば二刀流の人もいた。皆、鷹ノ巣山を攻撃する準備は万端であるようだ。

 

8時、私たちはアタックを開始した。

5分ほどで登山口に着き、私たち二人は初手から総攻撃を開始した。いや、総攻撃をしかけないわけにはいかなかったのだ。まだ稲村岩尾根ではないはずだが、最初から急登だったのだ。最初の急登で私たちは、正直たじろいだ。奥多摩三大急登に入る前のいわば、前哨戦。私と掛布は、数分後には息を切らし、汗をダラダラ垂れ流していた。着ていた上着を脱ぎ、ペットボトルからがぶがぶと水を飲んだ。これは、死ぬかもしれないと思ったものである。

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それでも何とか歩き続け、分岐の看板前までたどり着いた。看板には、「右:七ツ石山、鷹ノ巣山縦走」、「左:稲村岩」という表記があった。私たちはここを左に向かった。普通に考えれば、鷹ノ巣山と標記のある右ルートに向かうはずだ。しかし私は、稲村岩を経由して山頂に至るという思い込みをしていたのだ。何の疑問も持たず、稲村岩に攻撃を仕掛けた。大きな岩の塊を、必死で攻撃した。掛布はのちに、「稲村岩が一番きつかった」と語った。そこには、言外に、登らなくてもいい岩に登らされ、必要のない労苦を強いやがった隊長への侮蔑の感情がありありとにじみ出ていた。ミスしたのは確かに私だった。隊員を危険な目にあわせてしまったことに対して、いくら謝っても謝り足りない。

分岐のところから、私たち横浜登山倶楽部の後を、20代前半ぐらいの青年がついてきていた。私たちが間違った攻撃を仕掛けている間、当然のように彼もまた間違った、存在しない敵に闇雲に攻撃を仕掛けていた。私たち三人は、ひたすら総攻撃を仕掛けた。15分ほど、稲村岩を攻め、道なき草むらを前進し続けた。そこで掛布が誤りに気が付いた。そして元来た道を戻った。青年は、年長の私たちを信頼してついてきたのに、間違えやがってこんちくしょうと言ったニュアンスを込めて、「え、こっちじゃないんですか」と言った。「こっちじゃないです」と私は言った。

30分ほど時間をロスしてしまった。分岐からやり直した。すぐに、ありったけの力を使い、稲村岩尾根に攻撃を仕掛けた。

奥多摩三大急登。

いま、その名前を聞くだけで、私の両の下肢はプルプルとけいれんを起こす。難敵だった。今までの登山で、この急登ほど過酷なコースを私は知らない。途中で幾人かの登山家たちが、打ちひしがれたような顔で立ち尽くしていた。彼らもまた、稲村岩尾根の前に自身の非力さを嘆き、相手の強大さに屈服しかけ、悄然としてうつむいていたのだろう。

それでも私と掛布は、一歩一歩、一撃一撃、小さな攻撃を仕掛け続けた。奥多摩駅を出発して2時間半ほどで、「ヒルメシクイノタワ」という少し平坦な箇所に出た。登山者が飯を食うのに適当な場所らしい。先に「ヒルメシ」にいた別動隊の男性に、残りはあと30分ほどと教えてもらった。

体勢を立て直して、一気に頂上を攻め立てた。かつてないほどの疲労が私たちを襲っていた。濡れた枯葉を蹴散らし、あたりを包む靄を払いのけるように突き進んだ。

そして、1110分、私たちは鷹ノ巣山山頂に辿りついた。アタック開始から3時間後のことだった。

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頂上はガスっていてなにも見えなかった。しかしそこには栄光があった。私と掛布は確かに、鷹ノ巣をやったのだ。我が倶楽部始まって以来の快挙だった。

頂上には5分といなかった。風が吹き付け寒く、とても長居できる環境ではなかった。

下山は、水根山、六ツ石山を経由し、石尾根を歩き奥多摩駅に下りた。下山は4時間ほど要した。

157分の電車に乗り、河辺駅に停めていた車を拾い、駅近くの「梅の湯」に入湯した。

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帰りは、渋滞している中央道は使わず、下道を2時間半かけて走り、「フォルクス」でまずいアメリカ産ステーキを食べた(掛布はオーストラリア産ステーキ)。

 

とても良い山行だった。

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山と高原地図 23.奥多摩 2013

山と高原地図 23.奥多摩 2013