ご来光を求め、地蔵岳を登る_鳳凰三山⑩

 よく寝れないまま3時半に起床して、準備を整えて小屋の前の広場に出た。あたりはまだ暗く、星空が綺麗に見えた。流れ星を何個か見た。
 広場にはたくさんの登山者がいた。観音岳に向かう人たちと地蔵岳に向かう人たちが半々ぐらいだった。
 私は地蔵岳に行くつもりだった。そちらの方に行くパーティがいないか、注意深く観察した。できれば若い男性のパーティが良かった。彼らの後ろをついていこうと画策していた。暗い山道を独りで登るのは嫌だった。地蔵岳までは一本道だから、迷うことはないと聞いていたが、できれば誰かの後ろをついていきたいと私は思った。私は、ヘッドランプを持ってなかった。これは大きなミスだった。夜道を歩くときは、ヘッドランプを持っていくのが当たり前ということを知らなかったのだ。道を歩く時だけでなく、暗い中で荷造りをするときや小屋のトイレに行く時も必携であるということに、今回初めて気づいた。ヘッドランプがないと、靴紐を結ぶのさえ難儀だった。
 
私はヘッドランプをアイフォーンのライトアプリで代用した。明るさに関しては問題なかった。しかし、片手でアイフォーンを持つため、自由になるのはもう一方の手だけになってしまう。暗い登山道を歩くには、やはり両手を自由にしたい。
一見したところ周りの登山者たちは皆ヘッドランプを頭に着けていた。着けていないのは私だけだった。アイフォーンで足元を照らし、靴紐を結んでいる私は、どこから見ても素人だった。これでは舐められるなと思ったものだった。
 
4時15分、2人の若い男性が地蔵岳の方に向かって歩き出した。私は荷物を背負い、彼らを尾行した。登山道は、ライトで照らさなければ何も見えない。独りはやはり嫌だなと思った。彼らについて頂上まで行こうと思った矢先、彼らは突然立ち止まり尾行している私に先を譲った。どうぞ、と言われた私は仕方なしに彼らの前に出た。私は無駄に歩行スピードが速かった。もう少し抑えるべきだったのだ。暗闇で先頭に立つのは、嫌だった。冷静になれば道に迷うことはなさそうだったが、初めての暗い登山道は昼間とは違う緊張感があった。
私は前方に見える先行者のライトを目指して、速足で歩いた。彼らに追いついて、尾行を再開しようと思ったのだ。アイフォーンで足元を照らしながら登り、先行者の4人のパーティの後ろにつけた。しばらくうまい具合に尾行していたが、気が付かないうちに彼らに近づきすぎてしまった。先行者のリーダーが歩みを止め、私に先に行くように促した。 
私は内心、激昂した。こちらは独りで、アイフォーンのライトを頼りに登っているのだ。誰がどう見ても素人だろう。そんな素人登山者が後ろをこっそりついて来ているのだ、一緒に頂上まで同行させてもらってもいいではないか。まったく登山者というのは、人の気持ちを読み取る能力が著しく低いのではないだろうか。
 とまれ、私はまた独りで上を目指して歩きだした。途中、何名かの登山者を抜かした。前にも後ろにも、暗闇の中にヘッドランプの明かりは見えている。遭難する心配はない。しかしふとした瞬間に前に見えていた明かりが見えなくなるタイミングがある。そんな時はやはり少し怖くなった。
 5時には地蔵岳の山頂に着いた。予定では5時20分に日の出が上がる。私はオベリスクの下に立った。クライミング技術のある人はこの岩山を登るらしいが、私にはにわかには信じられなかった。落ちたら確実に死ぬ。やはりクライマーというのは少し頭がおかしいのではなかろうかと思った。