会社の先輩、花子(33歳)_鳳凰三山③

会社の先輩が、私と同じ日に鳳凰三山に行くことは知っていた。
名前を、花子という。年齢は33歳だった思う。
私の所属している会社は、社員同士のつながりが極めて希薄だ。ほとんど私語などしない。飲み会はもちろんない。それぞれの趣味もほとんど知らない。必要最低限の会話のみで成り立っている。社内の空気が華やぐということは、ほぼない。しかし、どんよりと不機嫌な職場というわけでもない。各人がそれぞれ孤独を噛みしめている。それでいいと思っている人たちが集まっている。

花子と私の間にもほとんど会話などない。別にいがみ合っているわけではないのだが、ほかの社員との関係同様、お互いに対して興味が絶無なのだ。明日出社して、私の席にカカシが座っていても、半日は誰も気が付かないのではなかろうか。

編笠山山行から数日たったある日の昼休み、珍しいことに花子が私に話しかけてきた。
「おい、雑魚! おめぇ、南アルプスに行ったことあるんか?」
「甲斐駒ケ岳と仙丈ケ岳を制覇したことあるわ、ボケ。いわすぞ!」
と私は答えた。
その答えに満足したらしい花子は、今度の三連休に友人たちと南アルプスの鳳凰三山に行く予定であると言った。いくつか南アルプスに関する質問を受けたが、私はすべてに「わからない」と答えた。

花子が鳳凰三山に行くと聞いて、2つの考えが浮かんだ。
一つは、会社の先輩と休日に会いたくないなという思いだ。休日に会社の同僚と遊んだりする人がいるが、私はそういったことを好まない。だから花子と鳳凰三山で会うのも、できれば回避したい。もう一つは、全く矛盾する考えだが、休日のアルプスの山頂で、会社の同僚にニアミスしたら面白いなと思ったのだ。会社では特に親しく会話をするでもない先輩と、山の山頂で会うということが面白いアイディアに思えたのだ。そしてもし、彼女たちと鳳凰三山で合流できれば、私の単独行の寂しさもいくらか紛れるのではないだろうかとも思った。
私は花子に、自分も同じ日に鳳凰三山に行くかもしれないと言った。しかし現地であなたに会うのはできれば避けたいとも言った。花子は、特徴的なシニカルな微笑を浮かべ、「会わないから心配すんな、抜け作」と小声で言った。
この時点で、私が初の単独行を決行する確率は5分5分といったところだった。

山と高原地図 北岳・甲斐駒 2015 (登山地図 | マップル)

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