鳳凰三山になんて行きたくなかった①

9/15(土)、9/16(日)の2日間、鳳凰三山に登山に行った。
鳳凰三山とは、地蔵岳(2764メートル)、観音岳(2840メートル)、薬師岳(2780メートル)の3つの山を指し、鳳凰山とも呼ばれる。日本百名山である。
急な山行となったため、初の単独行となった。
プラン自体は、2週間前に立ててはいたのだが、声をかけた岳友2名から色よい返事が返ってこなかったため、一人で行く羽目になってしまったのだ。
岳友たちとは9/1(土)に編笠山に山行に行って、その時に2週間後にも登山に行こう、行き先は初心者でも縦走が楽しめる鳳凰三山にしようと提案していた。しかし、誘った時の岳友の表情からは、1ミリも積極性を感じなかった。これ以上ないというほど、ほとんど完璧な生返事を返された私は、心の中で思ったものだ。二人を除籍処分にしようと。

私が代表を務める「横濱登山倶楽部」には代表の私のほかに4名の部員がいる。いずれ劣らぬ健脚揃いの、地域でも名の知れた山岳会だ。知られているのはごく限られた局所的な地域だが、それでも全国で5人ぐらいは私たちの倶楽部をしっているし、また所属してもいる。

部員のうち、一人は現在海外遠征にいっている。名前を首藤という。彼はパタゴニアやアルプスを無酸素で登っている。主に観光ツアーなどで登っているようだ。登山は資金がものをいうとはよく言ったものだ。代表の私でさえ、海外登山の経験がないのにまったく羨ましい限りだ。

もう一人は、昨年一緒に無酸素で丹沢に登った賀内だ。彼は初登山で丹沢の大山の登頂に成功した猛者だが、登山の帰りに車で事故を起こし、それ以来登山に復帰できずにいる。負った傷があまりに大きかった。賀内や同乗者は無傷だったが、愛車のプリウスは左前部が大きく凹んだ。車体の凹み以上に、賀内の心が回復不能なほど大きく凹み、爾来、登山は無期限活動休止状態が続いている。

残りの二人は、9/1に一緒に編笠山に行った、木ノ上と高田だ。ご案内の通り、彼らとは袂を分かった。編笠山の山頂で、2週間後の「鳳凰三山」への山行を二つ返事で参加表明をしなかったためだ。我が倶楽部は、何よりも積極性を重視する。私が、「登山に行こう!」といえば、「俺も行く!」「私も行く!」と即答しなければならない。逆に、「やっぱ、明日の登山行くの止めたわ」と私が言えば、どんなに急展開ですべての準備が万端であろうとも「わかりました…。じゃあ中止にしましょう」と私の意向に完全に沿うような、イエスマンであらねばならない。それが集団というものだ。特に、山はリーダーの指示に従わなければならない。誰か一人が独断で動くと大変なことになる。それは山の上でも、下でも同じと私は思っている。常日頃から集団の秩序を順守できる人間でなければ一緒にパーティを組むことなどできない。

山と高原地図 北岳・甲斐駒 2015 (登山地図 | マップル)

山と高原地図 北岳・甲斐駒 2015 (登山地図 | マップル)