隣の人が解雇された

今日、契約社員のTさんが来月いっぱいでの解雇を告げられた。Tさんは勤続1年で編集に関しては社長の次ぐらいに経験のある人だ。しかし、他の社員に比べていくらか年齢が上のため社員での雇用ではなく契約での雇用となっていた。来月での契約打ち切りを告げられ、Tさんは意気消沈していた。社長との話し合いでは少し激しているようだった。狭い事務所なのでこのような大事な話もすべての聞こえてしまう。Tさんはきっと怒りや失望やクビを切られたという羞恥心でいっぱいだったことだろう。
先輩社員のGさんとこの件で少し話をした。次はいったい誰がクビを切られるのだろう、と。現状、社員は4人。私とGさんとSさんとNさん。そして社長と社長婦人。近い将来、4人のうちの誰かがクビを切られるかもしれない。それは1人かも知れないし2人かも知れない。あるいは3人かも知れないし、このまま会社を畳むこともあるかもしれない。それだけうちの会社の置かれている状況は厳しい。大きな仕事が2つ同時に終わり、今は売れもしない書籍をつくり、それを取り次ぎに卸すことでなんとか急場を凌いでいる。いわゆる「自転車操業」というやつだ。私の見立てだと、2つの大きな仕事をやっていたころに比べ、売上げは半減している。もともと売上げ規模が小さいのに、それが半減してしまっている。これでは従業員への給与支払いさえ怪しい。
Tさんの解雇通告の半年前にはアルバイトのYさんがお暇を出された。半年に1人のペースで口減らしされている。売上げが激減しているのだから当然のことだ。私の見立てだと、早晩あと1人は確実にお暇を出される。それが誰になるのかが今、もっともホットな話題だ。
正直に言って、今、私は久しぶりに気持ちの高ぶりを感じている。新しい職場に来て1年あまり、ほとんど緊張感がなかった。ストレスもなく、仕事は楽で、誰からも恫喝されず安穏と暮らしてきた。だから、転職活動の必要性も感じてこなかった。そうすると、私のアイデンティティがぐらつく。大学を卒業して以来、ずっと就活をしてきた。何を目指すわけでもなく、何を獲得するわけでもなく、ただただ隘路へ、袋小路へ、暗闇に向かって疾走してきた。それがこの1年、抜け殻のように同じ職場で、転職活動もせず、ただ働いてきた。アイデンティティは崩壊しつつある。ほとんど痴呆症だ。廃人だ。負け犬だ。敗残者だ。やはり、私には転職しかないのだ。
今、久しぶりに転職へのモチベーションが湧いてきている。未だかつて会社を解雇されたことは一度もない。しかしもしかしたらこの会社で、人生で初めて、余儀なく職を失うかもしれない。不思議なやる気が湧いてきている。数年前まで確かに「転職」こそが私のすべてだったはずだ。それがいつしか喪われてしまった。幸いにして、今それを取り戻せそうなのだ。絶対にこのチャンスを逃してはいけない。