山ボーイといこうじゃないか

私の給料は、安い。驚くほど安い。ママンに家計費を支払うのも覚束ない。当初支払っていた金額は、薄給の私には分不相応だったので、恥を忍んで支払額を減じてもらった。不思議なのは支払額が減ったからといって貯蓄額が増えたわけではないということだ。預金通帳を見るとほぼ前月と横ばいだ。これでは念願の一人暮らしも叶わない。

貯蓄額が伸びない原因はわかっている。消費が伸びているからだ。直近1ヶ月の消費行動を見てみると、旅行代(軽井沢、5万円)、登山靴(danner 、1.5万円)、レインウェア(Columbia 、1万円)、フットサルウェア(LUZ e SOMBR 、1万円)、登山用靴下(0.3万円)、水筒(0.3万円)など、清貧で有名な私にしては散財してしまっている。このほかにも、飲み会代や書籍代など、昔よりも出費が増えている。

しかし、このぐらいの出費は、社会人としては普通の水準であるような気もする。周りの友人は、もっと多くの無駄な出費をしている。海外旅行や交際費、趣味代、飲み代など、非常に気前よく使っているように見受けられる。
それでも彼らの財政は安定している。理由は明確だ。収入が多いのだ。年を重ね、勤続年数が上がるごとに賃金も上昇しているのだ。未婚アラサーともなれば悠々自適な生活をしていてもなんら不思議ではない。

翻って私はどうだろうか。毎年転職しているので、自動的に賃金が上がるということはない。むしろ、下がっている。現在の賃金レベルは7,8年前の新卒社会人のときとほとんど変わらない。給与だけみると、転職は失敗しているように思う。では他の要素はどうだろうか。福利厚生はしっかりしているか、スキルアップは望めるか、会社の将来性や業界の発展は見込めるか、人脈は拡げられるか、会社の居心地はどうか、ストレスは感じないか、やりがいはあるのか、社会に対して貢献できるような仕事か。率直に言って、ほとんどすべての項目で私の現状は、良くないと思う。悪くはないし、最悪でもない。でも、良くもない。今の職場はほとんどストレスを感じない。こんな職場は、過去にはなかった。それはすばらしいことだ。一日10時間ぐらいを過ごす職場ではなるべく疲れたくない。疲れるのは仕方ないが、その度合いを少しでも下げたい。そういう意味では今の職場は、とても良い。ストレスフリーだ。でも何か違う。違和が日毎に大きくなってきている。

最近はいろいろな問題が出来しつつある。ストレスフリーだから薄給でも我慢できていたが、最近はそれに対して不満を感じ始めている。以前、私は楽な仕事ならば給料は安くても良いと考えていた。そしてそのような職場を探し、現在の会社を含めいくつかの職場でそれを叶えた。しかし、1年ぐらい在籍すると、薄給に対して我慢ならなくなってくる。周りの給与に比べて、自分の給与が著しく低いのは不当だと感じ始めるのだ。固定観念で、ストレスが多いところは給与水準が高くて、ストレスフリーな職場は給与が少ないと思っていた。しかしそれは必ずしもそうではないようだ。ストレスが少なく、楽な仕事でもお金を貰える場所もあるのらしいのだ。通常レベルのストレスで、それなりの給与をもらっている人に対して強い羨望を覚える。正直に言ってうらやましい。

最近はもっとストレスを感じたいとさえ思い始めている。ストレスを感じないと呆ける、というのが私の説だ。毎日同じことを繰り返すと、認知症になりやすいという。同じことをストレスなしに繰り返すのは危険だ。多くの人は、それを回避するために趣味を増やしたり、新しい交友を持ったりする。しかし、私は薄給だ。趣味を増やすのも覚束ない。しかし呆けたくない。だから、少ない給与から捻出した小金で登山グッズを購入した。清貧よりも消費だ。活発な消費行動で呆けを防止したい。

これからは登山の時代だ。山ガール、山ボーイが流行っているという。アラサーで山ボーイもないかもしれないが、とりあえず、形から入ってみる。自然の中で生きることで何か新しい境地が開けるかもしれない。上手くいけばキコリになれるかもしれない。それが無理なら山小屋勤務が叶うかもしれない。都市部での生活は困難だ。勤め人は私の性に合っていない。資本主義社会とは縁を切りたい。でもまずは、舶来のブランドで身を包むことは許して欲しい。デザインはやっぱ外国のものがいい。機能もきっと向こうのものの方が良いだろう。山暮らしの技量が身についたら文明の利器を捨てて、自然に帰ろう。それまではちょっと流行の山ボーイファッションに身を包んでスノビズムといきたい。