菅直人的、ジョブホッパー的開放感

菅首相が辞任宣言をした。震災対応に一定のめどがたったら、首相を辞任し若手議員に後をまかすらしい(責任を引き継ぐとのことだ)。そのことで野党議員だけではなく与党議員も、死に体の菅政権に対して一日も早い退陣を求めている。これは確かに首相が悪い。辞めることを前提に権力の座に居座っている人間に誰がついていくというのか。このような未曾有の災禍の中、党を超えて力を合わせて困難な局面に立ち向かわなければならない時に、くだらない政局でごたごたした挙句、己の卑小なプライドを守るためだけに辞任を先延ばしするなど、愚か者以外の何者でもない。後手後手に回って一向に進まない復興対策や、不景気に拍車をかけるであろう増税、原発事故関連の隠蔽体質。不安ばかり募り、毎夜安酒を飲み、挙句の果てに朝寝坊をして会社に遅刻してしまったのは私だけではないはずだ。超の付くほどの短気で「イラ菅」の異名を持つ首相はもはや誰の言うことにも聞く耳を持たないという。もはや進退窮まっているのは誰の目にも明らかだ。このような人が首相をやっていることに、大半の国民は深く失望しているはずだ。
日ごとに怒りと不満、失望が募り、国民の我慢も限界に達しつつあるように思われる。私も震災後、何か気分が落ち着かない毎日を過ごしている。今日も、テレビジョンにうつる菅直人首相を見て、心底反吐が出ると思ってチャンネルを変えようとしたが、よく考えてもう一度じっと首相の顔を見ても一向に反吐など出なかった。吐き気も嫌悪感も催さなかった。意外だった。むしろ、その妙な意気軒昂さのにじむ表情から、親しみに似た感情が湧き上がってきたのだ。なぜ私は、中途半端に首相の座に居座る男に親しみに似た感情を覚えてしまうのか。この男はもはや用なしの死に体ではないか。もはや理性など完全に欠如した、強情で厚顔無恥なエゴイストのはずだ。そんな人間になぜ私は肯定的な感情を持ってしまうのか・・・。私はテレビジョンの画面にうつる首相の顔と彼の言動を注意深く観察した。「一定のめどが付いたら辞任する」。なんて中途半端なんだ。辞める辞めると周りに吹聴することで、自分が追うべき責任を軽減させたのだ。ここからここまでは責任を負うかもしれないが、それ以上は負わないと宣言しているようなものだ。相手に期待させないことで、自分の前にあるハードルを下げることに成功したのだ。もしも本当にやばくなったら、その瞬間、「辞任します、当初の予定通り」とかなんとか言えば、様々な負荷から開放されると考えているのだろう。「辞める」と宣言することで、他の誰にも真似できない、宙ぶらりんの特権的な存在に成ったのだ。首相としての地位はあるが、辞めていくものとしての中途半端な責任しか負わない人間。そのような人間を私は一人知っている。まるで・・・。そう、まるで、かつての私をみているようだった。今の菅直人はまるっきり昔の私ではないか。
仕事に就いて、しばらくして結果や責任が生じ始めると、会社を辞めることですべてをチャラにしてきた。上司に辞職を伝えてから、実際に会社を辞めるまでの特権的な状態は何にも変えがたいものがある。どうせ辞めるしと思えば、ミスを恐れることなく大胆になれる。遅刻や職務態度の悪化なども辞めて行く人間にとっては気になることではない。気の合わなかった人間とのストレスフルな関係も、どうせすぐに顔を合わせなくなると考えれば、相手に対して鷹揚な対応を取れたりもする。あらゆることから開放されるのだ。最近の菅首相の顔が晴れ晴れとしているのも当然だ。彼は今、要職にこそついてはいるが、その実完全に部外者然としているのだ。何が起ころうが知ったことではないのだ。すべては過ぎ去ったことで、これからさらに自体が悪くなっても、そんなことはどうでもいいのだ。すべてを投げ出してお遍路に出るのみだ。彼は、特権的な日々を存分に楽しむことだろう。「辞める」と宣言することで、何にも変えられない特権的なポジションを得るというのは、すばらしいことなのだ。大半の勤め人たちは、「辞める」ということを口にせず、ただひたすら苦行に耐える。それが美徳だと考えているのだろう。しかし、それは間違っているのだ。「辞める」ことで現状を打破するというウルトラCは、苦しい人生を生き抜くためには重要なテクニックなのだ。時宜を見て辞めると宣言した首相は今までにきっと一人もいなかったはずだ(多分)。菅直人が、やっとそのテクニックの有効性に気が付いた、歴史上初めての総理となったのだ。私は早くからそのことに気が付いていた。それは一種の才覚といえる。そう考えると、今までの退職人生に自信が持ててきた。そう、一定のめどさえ付けばすべてを投げ出してもいいのだ。宣言しよう。一定のめどが立ったら、会社を辞める。そのことを一日も早く社長に告げよう。そうすれば、またいつものように特権的なポジションを獲得し、誰にも何にも邪魔されない、至上の開放感を味わえるはずだ。