本当の職場の話をしよう〜南米編〜1

最近は本当に呆けてしまったように感じれる。何かを考えようとしても、意識を集中することができない。経験的に、無策だと悪い結果になるとわかっていても、何一つ準備せずアホ面で臨み、案の定痛い目にあう。そんな目にあってもまたぞろ同じようなことを繰り返す。少し考えて見ればわかる、といわれていることも、私にとっては無理難題に思えてしまう。3,4年前の自分なら、もう少しまともに対処したであろうことも、今の私には不可能事に思えてしまう。これはおそらく、慢性的な無気力が私を蝕んでいっていることが原因なのだろう。しかし、この無気力は今に始まったことではないはずだ。無気力のスタートは、高校生のときからだ。爾来、15年間かわらず無気力生活を続けてきたはずだ。だのに、今になって特にひどい呆け症状が出ている。これはなぜだろう、無気力は蓄積されるのだろうか。それとも、三十路を前にして、強い無気力症状に耐えうるだけの精神力や体力がなくなってしまったのだろうか。

このような状況下で今後、健全な生活を続けていくことは困難なように思われる。ここはやはり一念発起して、会社を辞めてどこか遠くに旅発つのだが良い、人生をリセットするために南米に向かわねばならない、と私は強く意志した。

そう考えて会社を退職するモードに入った私は、いつものように、今の会社を辞めたい理由を思い浮かべようとした。色々マイナスなことを考えて、モチベーションを下げに下げることにより、会社を辞めるよう自分を仕向けるのがお決まりのパターンだ。

今回もいつもどおり精神を研ぎ澄ませて、会社や現在置かれている状況についてのマイナスポイントを考えようとしたが、駄目だった。
ほとんど何も思い浮かばなったのだ。先述したとおり、考えようとすればするほど何も思いつかないのだ。確かに、今おかれている立場こそが無気力の温床となっているのだから、それが一番の退職理由といえないこともないだろう。現状が不満だから辞める。それ以上でもそれ以下でもない。現状を打破するのが先決なのは、なるほどごもっともだ。しかし、今までは確たる退職理由がないなりに、ひねって、創作して、捏造して、それっぽい退職理由を案出していたはずだ。面接には通用しないが、私だけを納得させる理由を。

たとえば、東京の下町にある会社に勤めていたときは、会社の周囲に飲食店がなかったことを退職の理由にあげた。つまり、飲食店がなければ昼飯はコンビニ食ばかりになってしまい、それだと味気なさ過ぎるから、長い間勤続するのは困難だと考えた。その判断は合理的だと思えた。たとえば調査会社に勤めていたときは、朝30分早く出社して掃除をすることや退社時に社長室に行って挨拶してから帰らなければならないことなどがいやで退職を決意した。たとえば他にも、建物の耐震強度が低く、トラックが通っただけで建物全体がぐらぐら揺れるとか、共用のトイレが古すぎるとかエアコンの効きが悪いとか、いろいろそれらしい理由があった。あるいはどうにか苦心して、重箱の隅をつついてそういったマイナス点を探し出したはずだ。しかし、今、私はそれができないでいる。確かに、薄給であることは大きなマイナスポイントだと思う。でも、生ぬるい環境に身を置けているということで、それを帳消しにしようとするプラス思考の私がいる。かつて、そんな考えをする私はいなかった。これは、由々しき事態だと思う。こんなはずじゃなかっただろう…。どうにかして、今の会社を辞めたい理由を見つけなければならない。毎回そうしてきたはずだ。会社を退職することでどうにかアイデンティティを守ってきたはずだ。年をとって疲弊してきたからって、それを言い訳にはできない。焦らず、呼吸を整えて、まずは絶好調だったときのこと、つまり会社を辞め続けてきた昔のことを思い出そう。そして、ゆっくりでいいから、会社を辞める理由をこしらえよう。