南米旅行にでようと思つた

先日、妹と姉と私の三人でお金を出し合い、『ワンピース』 というコミック(全61巻)を2万5千円で大人買いした。
「週間少年ジャンプ」で連載されているこの漫画は男女問わず幅広い世代に人気があるらしい。単純な冒険大活劇なだけでなく、時に大人さえも号泣する感動的なストーリーがあったり、深く胸に響く箴言などもちりばめられ、作家や社会学者、有名メディアジャーナリスト、アイドルタレントも太鼓判を押すほどの名作であるという。
ここ数年、漫画の類はほとんど読んでこなかった。高校生の時は「週間少年マガジン」を愛読していたが、いつのころからかそれも読まなくなった。今思えば、その時分に読んでいた「マガジン」も、惰性で読んでいた気がしないでもない。
今のところは大変面白く『ワンピース』を読み進めている。15巻ぐらいまで読んで特に感動的な話があるわけでもなく、人生訓のような言葉にも出会っていないが、途中読み飛ばすことなく夢中で読んでいる。この漫画のテーマに”友情”をあげる人も多くいると聞く。確かに、主人公とその仲間たち、航海先で出会う村人たちの関係から、人と人との繋がりや仲間を思いやること、信頼することの大切さを読み取ることができる。欠けている能力を仲間と補完しあうことの重要性を、一般社会に適用して考える、というのもまあ良いのかもしれない。
しかし、61巻のうちの1/4ほどしか読んでいないから、軽々しいことはいえないが、私の見立てでは『ワンピース』の魅力は、友情、愛情、信頼などではないように思う。漫画本などから人生訓を引き出したり、仲間、家族、恋人の大切さを学ぶというのは、一種の流行であり、もはや手垢の付いた批評スタイルである。私も確かに、弱虫の嘘つきを仲間に加えてくれる主人公の寛容さや、自分の生まれ育った国とその国民のために身の危険を顧みず、困難に立ち向かう王女様などをみていて、「寛大だなぁ」「偉いなぁ」と関心は、した。しかし私がこの漫画を読んでキタのは、彼らの寛容さや気高さや利他心などではなかった。もっとわかりやすいところ、もっと低次のところ、もっと子供っぽいところ、つまり、彼らの”冒険心”に深く心引かれたのである。端的に言って、旅に出たいと思った。『ワンピース』を読んで旅に出たくなりました。非常にシンプルで、良いと思う。社会での人付き合いの仕方とか、処世術とかも良いとは思うが、私の琴線に触れたのは、旅心だ。船に乗ってどこかに行きたいと思った。いや、この際飛行機でもバスでも良い。
そのように思っていた矢先、友人の春夫が南米旅行に出たいと言い出した。彼が南米旅行の話をするのは、3年連続7回目ぐらいだ。ボーナスをもらったら会社を辞めて、南米へ出発するという話をもう何度となく聞いた。彼が出発を先延ばしする度に、仲間内で彼を「辞める辞める詐欺」で訴えてやるといった話も何回も出た。(彼はこれまで世界各国を旅行している旅行マニアなので、語学力もあり、旅行スキルも高い。知識も豊富なのでその辺の素人とは違うということは、彼の名誉のために一応付言しておく)
しかし今回はこれまでと違って、実現性が高いように思われる。彼は7月に三十路になる。同級生の私も数ヵ月後に三十路になる。人生の重要な分岐点に立っていると考えることもできる。彼の表情から、今年こそ本当に出立するのではないかというやや強い意志が感じ取れた。どこかの中国人が言っていたように、「三十にして発つ」のだ(この中国人はどこに発ったのだろう?)。タイミングとして遅すぎるというわけではあるまい。まだ二人とも、29歳だ。たとえ人生の働き盛りに仕事を放擲してもそれはそれで良いではないか。数年後に帰国して、中国人の言うように「四十にして窓際」になったところで本望ではないか。あるいは、窓際にすら座れない落伍者になるかもしれない。しかし、それでも今、私は『ワンピース』の登場人物たちのように志を持って大海原に飛び出す方を選び取りたいのだ。もはやこの閉塞的な日本社会の牢獄のような会社生活など耐え切れない。
今日から旅行資金を貯めようと思う。しかし現在の薄給では、月々の貯蓄には限度がある。まずは借金から始めよう。闇金融は危険だから知り合いに頼み込もう。その際注意すべき点は利子だ。なるべく、低金利で願わくばゼロ金利あわよくばマイナス金利で貸してもらえるように手を尽くそう。まずは100万円だ。明日から旅行資金の工面に奔走しよう。