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2年連続のエアー出勤⑨

エアリーマンになって早4週目だ。時が流れるのは早い。しかし、不思議と1日は長い。今日も朝から時間を潰すので大変難儀した。永田町のマックに入り、コーヒー1杯で2,3時間粘ろうとしたができなかった。読書をしようとしたが集中できず、すぐに投げ出した。PCで日記を書こうとする気も起きなかった。睡眠しようかと目をつぶったものの、店内の冷房が私に直撃し、寒すぎてそれどころではなかった。結局、入店して30分ぐらいで外に出た。歩いて千鳥ヶ淵公園にいった。そこでも読書に集中できなかったのですぐに靖国神社に移動した。靖国神社では「例大祭」というのがやっていた。私は入り口脇のベンチに座りたかったのだが、警備員のおじさんが「こっちこっち」となぜか私を観光客のところに誘導してくれた。そこで宮司さんたちの行進を見て、場が引けるのを待って、ベンチに向かった。時刻は11時でまだ昼飯には早かったが、手持ち無沙汰なので持ってきた握り飯を2つ食べた。味気なかったが腹は膨れた。

食べてすぐに九段方面に向かい、北の丸公園に行きベンチに座って少し日記を書いた。
芝生には子供連れのママさんたち、2人組みの老婆、犬を連れた夫婦、一人で弁当を食べているおばさん、携帯電話をいじっているお兄さん、隣のベンチでは宮崎駿にそっくりのおじさんがスマートフォンを凝視していた。なぜか、体を私のほうに向けている。目が悪いのか、スマートフォンを顔の前に近づけて見ているので、私のことを動画撮影しているのではないかと思った。10月中旬なのに蚊がたくさん飛んでいた。数か所刺された。巡回のお巡りさんが何度も私の前を行き来していた。気分を害したので、神保町方面へ行った。
夕方の6時から出版社の面接を受けた。強烈に怪しげな会社だったが、私らしいなとも思った。面接をしてくれた社長は、終始煙草を吸っていた。1時間で5本は吸っていたと思う。無頼派だと思った。私は彼を気に入った。彼も私を気に入ってくれたように見えた。金曜日にもう一度会いに行く予定だ。

それにしても、家人にエアー出勤がばれているんじゃないかと気になって仕方がない。
会社を辞めてから半月間、そればかり気になっている。就職活動など二の次だ。
ばれる前に言うか、ばれてから言うか、言わないか、様々なバリエーションがある。しかし私のような玄人は事前に腹積もりを決めたりはしない。勝負は時の運というか、エアー出勤は水物というか、つまり、状況は刻一刻と変るわけで…。

率直に言って、家人は気が付いていると思う。
私には前科がある。最初に会社を辞めたときのことを私は今もはっきりと覚えている。新卒で入った会社を辞めたときだ。当時私は4月の上旬に会社を辞め、数日間エアー出勤をしていた(私はてっきり今回のエアー出勤が「2年連続2度目」かと思っていたが、新卒で入った会社を辞めた直後もエアリーマンだったんだ…)。4月中旬ぐらいに、昼間に家に帰ったとき、家にいた家人が私を見て、「あんた…まさか…」と言った。私は、「まあ…あはは」みたいなことを言ったと思う。今思えば、それが家人とエアリーマンの記念すべき”ファーストコンタクト”だった。

それ以来、会社を辞めては家に戻り、再度頃合を見計らって会社社会に突撃しては、撤退するということを繰り返し、今に至っている。28歳、無職。希望は、BI(ベーシックインカム)。
そのようなわけで、会社を辞める辞めない辞めたという時、母子関係で非常に高次な神経戦が繰り広げられることになった。

先日、エアー出勤3日目ぐらいのときだったと思う。私は2日続けて、7時半ぐらいに帰宅した。前職では大体8,9時ぐらいまで仕事をしていたので、帰宅時間は大体9時から10時ぐらいだった。そのため、その時は2日続けていつもより早い時間に帰宅したということになる。もちろん、架空の会社からの帰宅というわけだが。私を見て家人は言った。「早いね、大丈夫?」と。その瞬間、私は大きな衝撃を受けた。私は確かに少し早い時間に帰宅した。しかし定時退社すればその時間に帰宅することは十分あり得る。事実、サッカー中継を視聴するために何度か7時過ぎに帰宅したこともあった。なのに、なぜ…。さすがだなと思った。私は知らず知らずのうちに表情や態度に出ていたのかもしれない。過去何度も会社を辞めてきたときに、共通してとる態度や雰囲気、行動、言動などがあったのかもしれない。それを感じ取られていたのかもしれない。敵ながら天晴れと思った。しかし、そうは言っても「辞めました」とは言えず、「んああ、ああ」見たいなことを言って階上の自室に逃げ込んだ。

それ以来、母子関係には例によって独特の緊張状態が続いている。

悪いことは続くもので、その後、予期せぬことが立て続けに起きた。
まず、会社から立て続けに2通、封書が届いた。1通は年金手帳、もう1通は給与明細。それに関しても家人はたいそういぶかしんでいた。なぜ会社からそんなに封書が届くのかと。その時も私は「んああ、うあぁ」と適当にごまかした。ネット情報で、エアー出勤者は会社からの送付物に気をつけろ、それがもとで家人にばれる可能性がある、という警告文を見たことがあった。油断していたわけではないが、これに関しては私はどうすることもできなかった。
もう1点、ネット情報で、応募した会社から返送されてきた「履歴書」を家人が発見して、それがもとでエアー出勤が露見してしまうというケースが指摘されていた。これに関してもこちらからはどうすることもできない。しかし、企業からの返送物に何が「在中」しているかなど外見からは判断できない。そのため、過度な心配は不要だと思われた。
しかし、この見立ては甘かった。過日、ある会社に履歴書・職務経歴書など必要書類を送った。そこで私は大きなミステイクを犯してしまったのだ。本来、120円の切手が必要だったのだが、私は80円しか貼付しなかった。そのため郵便局から自宅に返送されてきてしまったのだ。送付した封筒の表面には赤字で「履歴書在中」という印刷が入っていた。不幸にも、受け取ったのは私ではなく、家人のうちの誰かだった。

私がこの事実を知ったのは、封筒が返送されてきた数日後のことだった。
ある日の夕食時、何気なしにテーブルの上においてあった紙袋の中身を見た。するとそこにはいくつかの郵便物が入っていた。私は、この紙袋が「コムサイズム」のものであったため、郵便物はすべて他家に嫁いだ妹宛てのものだろうと思った。いまだに妹宛の郵便物が、嫁ぎ先ではなく実家の方に届く。それを誰かがひとまとめにしておいたのだろうと思ったのだ。しかしその読みは間違いであった。紙袋の中に見覚えのある白い封筒があったのだ。私は、まさかと思いながらそれを袋から取り出した。そこには、私が企業に送ったはずの「応募書類」入りの封筒が入っていた。そこには、郵便局員が張ったのであろうメモ書きが付いていた。「40円足りません」。そのほかにも、私宛の郵便物が2通(健康保険組合からのものと東京商工会議所からのもの)入っていた。なぜだ、と思った。私宛ての郵便物は、いつも私の部屋の前か階段付近に投げ捨てられているはずだ。なぜ「コムサイズム」の中に…。なぜこのようなトリッキーなことを…。

この一件以来、家人と私の神経戦は、第2ラウンドに移った。おそらく会社を辞めているらしい(あるいは辞めそうな)息子と、その家人の不思議な関係だ。
しかし、私も素人ではない。あの日、エアリーマンとして家人とファーストコンタクトしたとき以来、私も相当成長した。嘘や欺瞞や虚栄で武装してきたつもりだ。むろん、相手も私の虚偽性を見抜く眼力を養ってきたはずだ。

これからさらに高次の神経戦が繰り広げられるだろう。それはかつてないほどのレベルに達すると思う。想像を絶するレベルだ。結果的に、私は敗北するはずだ。それは目に見えている。重要なのはどのように敗北するかだ。
せめて、降伏するタイミングだけは間違えないようにするつもりだ。