2年連続のエアー出勤⑦

今日も朝6時10分に起床した。シャワーを浴びて、6時に炊き上がるように予約しておいた炊飯器から釜を出し、米を冷ますためにしゃもじで混ぜて数分放置しておいた。その間に、トーストを焼き、コーヒーメーカーでコーヒーを入れた。おにぎりは2つ作った。具は、漬物。本当は塩おにぎりにしたいのだが、私の技量では美味く作れない。練習して、いつか美味い塩おにぎりを作れるようになりたいものだ。


7時半に家を出た。家から最寄り駅のほうに歩き出し、50メートルほど歩いたところで後ろを振り返る。誰も見ていないことを確認し、T字路を最寄り駅とは逆方向に右折する。そして何事もなかったかのように自然体で歩く。毎回、家人に見られていないかドキドキする。見ているはずのないことはわかっているのだが、エアー出勤がばれたら家族崩壊するかも知れないぐらいの気持ちで、用心に用心を重ねている。
家人のほかに1人、気になる人がいる。先月までは、しっかりと実在の会社に出社していたのだが、そのとき、毎朝同じ時刻に同じ場所ですれちがう人がいた。年齢はおそらく私と同じくらいだろう。職業はおそらく学校の先生だ。その人が向かう先は住宅地であり、会社がほとんど存在しないこと、学校が夏休み期間と思われる時期、その人を1度も見かけなかったことからそう勝手に推測している。T字路付近でその人とニアミスしないか、私はいつもひやひやしている。もしその人とニアミスしたら、おそらく私はその人と同じ方向に行くことになる。私が通る道沿いに、その人が通勤していると思われる小学校があるからだ。むろん、その人がその学校に勤務しているかわからない。私が知らないだけで、その人は実はコンビニやドラッグストア、カラオケ店、有料老人ホームなどで働いているのかもしれない。しかし何度かその人が同僚と一緒に通勤するのを見かけたことがあったが、その人たちは販売系の仕事をしているようには見えなかった。また老人ホームの職員のようにも見えなかった。とはいえ、私に人の職業を見分ける鑑識眼があるとは到底いえないので、その人の職業も学校の先生とは言い切れない。さらに、当たり前のことだが、その人が私のことを毎日すれちがう人として認識していたかが重要なわけだが、エアー出勤者の精神状態は非常に特殊であるのでその辺はどうか突っ込まないでいただきたい。
とまれ、そのような見ず知らずの人とニアミスしやしないか考え、胃が痛むというのも、エアー出勤者ならではの悩みであり、醍醐味であると言えるかもしれない。早晩、すべての人間に監視されているような被害妄想に取り付かれることもあるかもしれないが、それもまた一興であろう。


さて、私が目指す街はニュータウンである。去年のエアー出勤時もよくニュータウンに行ったものだ。エアー出勤というのは時間との戦いである。いかに時間を空費するか、そしてできるだけお金を浪費しないようにすることも大事である。そのために取れる方策はそんなに多くない。経験上お勧めできるのは、「電車に乗り続ける」「図書館で読書」「公園で読書」「マックなど安いコーヒーが飲める飲食店で読書」「歩く」である。この中で一番魅力的なのは、「歩く」(あるいは「俳諧する」)である。「歩く」ことでお金が消費されることはない。重要なことだ。素人にはわからないかもしれないが、時が経つのは遅い。特にエアー出勤中であると、普段の2倍ぐらいゆっくりと時間が流れる。私の場合、朝7時半に家を出て、夜の9時前に帰宅する。つまり、体感時間で26時間から28時間という長時間を、外出先で無為に過ごさなければならない。絶望的である。ほとんど永遠みたいなものである。外出先で時間を潰すのは困難なことだ。私はよく公園や図書館で読書をするが、潰せてもせいぜい2、3時間だ。現代人が時間をどのように潰すかといえば、それは消費活動である。財だかサービスだかを購入することで時間を潰す、あるいは時間を潰す手段を獲得する。パチンコが典型例だ。飲食店にタダで入店することはできない。満喫も映画館もそうだ。PSPやDSを買えば有意義に時間を潰せるだろうが、そのためには1万5千円程度の出費を覚悟しなければならない。何をするにもお金が必要になる。数百円の出費でも積もれば大金になる。
逆に言うと、時間を持て余している人は無駄使いをしてしまう傾向にある。これは私の無職仲間である藤吉郎君も同意している。強い精神力を持って、出費を抑えることができれば健全なエアー出勤を実現することができるだろう。


私は、街を歩くことが最善であると思う。私は家からニュータウンの駅まで毎朝40分かけて歩いている。40分という時間を潰すのはそんなに簡単なことではない。しかも金をかけないで行うのは考えているほど容易なことではない。というと、「別に? 今日だって1日中家でぼーっとしてたよ?」などという人が必ず出てくる。素人である。家で時間を潰すことと外出先(特にエアー出勤中)で潰すことは別である。そういう人には、旅行先のホテルで思いがけず手持ち無沙汰になってしまい、ずっと携帯電話をいじっていたという経験がないのか、と私は聞きたい。歩くことは無料でかつ効率的に時間を潰せるのでお勧めである。

また、歩くことは健康にもよい。私は最近、上述のルートを往復で歩いている。計80分である。それ以外にも、非常に長い距離を歩いている。たとえば、先日私が歩いたルートは次の通りである。家→ニュータウンの駅、桜木町駅→中央図書館(野毛山)→ハローワーク横浜(関内)→山下公園→中央図書館、ニュータウンの駅→家。
長い道程である。特に半日近くエアー出勤して心身ともに疲れているのにもかかわらず、自宅最寄り駅ではなくニュータウンの駅で下車し、そこから40分かけて帰宅するという行為は筆舌に尽くし難いほど辛い。帰宅したときには、両足が棒のようになっている。ほとんどフィジカルトレーニングである。長距離歩行以外にもきつい理由がある。持ち歩いている鞄が重いのだ(もちろん、無目的に歩くということの精神的なきつさは言うまでもない)。私の鞄の中には、ノート1冊、書籍1冊、資料(求人関係)、弁当、ペットボトル、手帳、ノートパソコンなどが入ってる。この中で、特にノートパソコンが重い。毎日持ち歩いているわけではないが、時々図書館やマックなどで日記などを書くために持ち歩いている(これがなかなかいい時間つぶしになる)。このノートパソコンは、前職を離職する直前に購入したものだ。早晩、エアー出勤をするだろうと予測した上での購入である。このツールを使ってうまい具合に時間を潰せているので(今も)、いい買い物をしたといっていいだろう(時間を潰すというのは金がかかるということだ)。
重い鞄を持ち歩いて街を歩くのは苦行である。しかし、これも修行であると考えればがんばれるというものだ。伝聞だが、牛乳配達や雑巾がけ、魚釣りなど一見修行とは無関係なことをさせられながらも、後日、実は一流の拳法家になるためのベース作りに役立ったという話を聞いたことがある。今、私が重い荷物を持って街を歩いているのも、後年きっと何かの役に立つはずだと思う。だから今は我慢して修行に励みたい。きっとエアー出勤も人生の糧になるはずだ。いつの日か面接で、「2年連続でエアー出勤をした実績があります。エアー出勤に耐えられるだけの強い精神力を持っています」と言える日が来るだろう。その時を心待ちにしている。