2年連続のエアー出勤②

今日から本格的なエアー出勤が始まった。会社を退職したのは9月30日だったが、10月1日は残務整理があり出社しなければならなかった。今日も少しだけ会社に寄った。社内はなにやらバタバタしていた。余計な火の粉が飛んでこないうちに会社を出た。滞在時間は10分ほどだった。

朝は6時半に起きた。会社勤めをしていたときは6時10分に起きていた。弁当を拵えていたためだ。しかし今日は拵えなかった。なぜなら、エアー出勤の場合、いったいどこで弁当を食べていいかわからないからだ。

いつもと同じ電車に乗った。途中駅で急行電車に乗り換えた。月曜日だからなのかわからないが車内はいつもよりも混んでいた。1駅目の停車駅でほぼ一人も降車せず、多数の勤め人が乗車してきた。2駅目も同じだった。車内はいつも以上に混雑していた。私はエアー出勤者の特権を行使し、途中駅で降車した。目的地のない私には途中駅すら消失しかけていることに気が付き、大きな絶望が襲ってくるかと思った。現実逃避するためにツイッターで3回ぐらいつぶやいた。

混雑が少し緩和したように見えたので電車に乗り込んだ。そして渋谷で降り、ハローワークに向かった。朝早い時間にもかかわらず、たくさんの求職者がいた。若い人たちが多いように見えた。私は20分ほど求人検索機で仕事を探し、めぼしい求人を見つけることができなかったので、街にくりだした。

本来ならばハローワークで失業保険の手続きをしたかったのだが、離職票がなかったのでそれをすることができなかった。通常、離職票は退職して数日後に自宅に郵送されてくるものらしい。しかし、私が勤めていた会社は、そう簡単にはことが運びそうにない。前に勤めていた人は、ケンカ別れしたらしく、結局離職票をもらえなかったらしい。会社に何度も電話をかけてきて離職票を発行するように催促してきていた(私も1度その電話を受けた)。何度電話しても埒が明かなかったため、ハローワークの人が代わりに電話をかけてきたが、結局会社は最後まで離職票を出さなかったらしい。果たして私の元へは離職票が届くのか、今から胸がドキドキし、心筋梗塞になりそうだ。幸運にも離職票を手に入れたとして、もうひとつ私の前に難関が待つ。果たして雇用保険には加入していたのだろうか。私が入社して半年経過したころ、雇用保険の加入手続きを担当していた事務の人が、「雇用保険被保険者証」を提出してくれといってきた。これには驚いた。私は入社時にそれを提出済みだったからだ。しかし相手はもらっていないというので、私は仕方なく、前の前の会社でもらった雇用保険被保険者証を再提出した。後日、担当者が、「さかのぼって加入してきたから大丈夫、俺プロだから」と複雑な言い訳を笑いながらいってきた。私は、この会社らしいなと大いに失望したものだった。実際のところ、さかのぼって雇用保険に加入できているのか、まだ調べていない。今回、失業保険を申請するときにわかる。もし未加入で、失業保険の受給資格を得られていなかったらと思うと、今から胸がドキドキする。息切れもしてきた。毎月、給料から天引きされていたはずだから、これで給付を受けられないとしたら、詐欺だ。なんでもありの会社だったからもはや何をされても驚かない。タフになったものだな、と私は思った。そう思った後、少し絶望した。

ほかにも退社までに会社から返却してもらうべきだったものや数日以内に受け取るべきものがいくつかある。しかし、何一つ手に入らないような気がして、今から胸が高鳴り、動機息切れがしそうになるが、これも経験経験とうそぶき、毎晩一人深酒をすることになる。これを読んでいる人は私の家に酒を送るなどして私を励ましてほしい。離職票、雇用保険被保険者証の他に、年金手帳、健康保険の資格喪失証明書、9月分の給与などが必要になる。毎月の給与は、手渡しだった。銀行振り込みではないので、期日に振り込んでくれるはずもなく、もらいにいくしかない。しかしあのアナーキーな会社がそう簡単に給与の支払いに応じるとは思えない。目出し帽やバットの購入について真剣に検討するのもいいだろう。
現実問題、上記の証明書の類、給与が私の手元に来る確率は非常に低いように思われる。しかし希望は捨てないようにしよう、彼がそうしたように強い意志を持とう、そう、アンディのように・・・・。

私は昨日見た映画に大いに励まされた。その映画は、無実の罪で20年近くも刑務所に服役させられながらも、人並みはずれた忍耐力と鋭い知性、そして大きな希望を持ちそれを強く信じ続けることにより、見事に脱獄を成功させ、晴れて自由の身になる男(アンディ)の話だが、そんなことはどうでもいいのである。

私は最低1つは「教訓」を得ようと心がけながら映画を見ている。面白いかどうかは二の次だ。感動や恐怖など刹那的な悦楽を感じたいがために映画を見ているわけではない。とにかく、私に「教訓」を与えてくれさえすれば良いのである。
その意味で昨日見た映画は、私にすばらいい「教訓」を与えてくれた。

映画の舞台は、刑務所である。刑務所には様々な人間がいる。暴力的な人間がいる。自己保身しか考えていない卑劣な人間がいる。長いものに巻かれ、おこぼれをもらおうとするハイエナがいる。男色がいる。嘘つきがいる。諦観してしまった人がいる。自分を卑下する人がいる。自信を失くしてしまった人がいる。
しかし、もちろん刑務所内にいるのはそのような人間ばかりではない。強い者も、優しい者も、気さくな者もいる。悪人ばかりではないのだ。

しかしそうはいっても、優しいだけではやっていけず、強いだけでもやっていけない。刑務所という過酷な状況下で、強い意志の”強さ”など高が知れている。優しさというものが、ただの独善で人を傷つけることもあるだろう。確固たるものなどはないといえるかもしれない。
しかしその中でアンディだけは例外だった。
捕まる前、彼は銀行の副頭取を務めていた。所内では、その専門的な知識を買われ経理の仕事を回される。しかし、肉体労働からは解放されたが囚人であることには変わりはない。無実だと信じているのにも関わらず塀の中に入れられ、自由を剥奪されたままなのだ。19年。長い年月だ。
ある日、アンディの無実を証明してくれる証言者が現れた。あと少しでアンディの冤罪が証明されるかもしれないというところまで来たのにもかかわらず、卑劣な人間の手によって冤罪の証拠を握りつぶされてしまう。アンディは深い絶望を感じる。すべてを諦めて廃人になっていてもおかしくなかった。しかし彼は、そうならなかった。強い意志や希望といったものがそうさせたといえなくもないだろう。しかし、私はそれは違うと思う。
普通の人間だったら、おそらく廃人になっていたと思う。意志や希望というのはあまりにも抽象的だ。それだけでやっていけるはずがない。20年の刑務所暮らしから開放されると思っていたのにも関わらず、悪人によってそれが妨げられたら、誰だって自暴自棄にもなるだろう。すべてを諦めるだろう。
しかしアンディは違った。彼には経理の能力があったのだ。日々の肉体労働とは無縁の、事務作業に従事していた。所長の資産管理もしていた。それが突破口になって、やがて脱獄に成功することになる。そう、必要なのは、経理の能力なのだ。いや、もう少し具体的にいってもいいだろう。極限の中、人が最後に頼るのは、「日商簿記」なのだ。
10月7日(木)、日商簿記の個人申し込みが締め切られる。
私も受けようかと思っている。
経理の資格を獲得すれば、私もこの過酷な状況から抜け出し自由を獲得できるはずだ。アンディがショーシャンクの刑務所から脱獄してメキシコの片田舎で自由を手に入れたように。