2年連続のエアー出勤

一体何人の人間が私を祝福してくれただろう。過去も現在も私を祝福したい人間であふれている。私を祝福する人たちが列をなしているような気さえしてくる。

先日、私はまたしても祝福されていた。昨年末に続き2年連続同じ人たちに祝福されていた。その前の年にもやはり同じように同僚が主催する祝宴に主賓として招かれた思い出がある。同僚たちはなんて心優しい人たちなのだろうか。そして私はなんて幸福な人間なのだろう。

昨年末、この会社の忘年会に参加した。その会では年明けから働き始める私の歓迎会も同時に行われた。新入社員として入社する私に対して同僚になる皆から好奇心、期待の視線を向けられたものだった。
そして今週の水曜日は、送迎会が開かれた。むろん、主役は今回も私がお引き受けした。

送別会は市ヶ谷の居酒屋で開催された。参加者は経営陣(社長一族)以外の人たちで、皆仲のよい人たちだばかりだ。会は19:00に始まり、22:30にお開きとなった。

私は極力、パーティーや集会の類には参加しないようにしている。人が集まる席が苦手というのもある。アルコールに弱いということも理由の一つだ。さらにいえば、特に親しいというわけでもない人間と酒宴で交わす話題がないというのも一因である。

しかし、私が主役を務めざるを得ない送迎会にはいやでも参加せざるを得ない。そしてその席では、少なからず私が「話し手」にならなければならないという憂き目に会う。
送別会の席では、今まで話さなかったことを話題にするということがよくある。俗にいう、「ぶちまけた話」というやつだ。私もご他聞にもれず、様々なことを話した。
まず、私の華麗でかつ嘘で塗り固めた職歴を披露した。あと数日で退職する身なので、履歴書には載せなかった本当の職歴を話した。この会社は3社目であると話していたが、厳密にいえば6社目であることを告げると参加者たちは異様な盛り上がりを見せた。と同時に、何人かの人間が私の本性を見たりといった表情で白い目を向けてきたように感じられた。しかし、おおむねギャグ的な雰囲気で会は進行した。何しろ、私はあと数日でいなくなるのだ。多少経歴を偽っていたとしても平社員の人たちに対して特段害を与えるということはない。むろん、社長たちにはいまさら私の本当の職歴を話すということはないが。

席上、私の今後に関する話題も出た。いったい君はこれからどうするのか、再就職先は決まっているのか、といった話だ。私は、再就職先は決まっていない、これからハローワークなどで職を探すつもりだといった。
私の今後についてはあまり踏み込んだ話をしなかった。職を辞するというのは本人にとっては大事である。決断するまでによほど深く悩んだはずだ、と人は考える。私の今後が不透明であることは、同僚の目から見たら自明である。転職とは大仰にいえば今後の人生であり、そういうパーソナルな問題について、良識ある人たちはあまり踏み込んでこない。

酒宴が1時間を過ぎたところには、アルコールも良い感じに回り始めていた。場を盛り上げるタイプの人間が、様々な話題を様々な人間に振っていた。送別会といっても特に暗くなるということはない。普通の飲み会と同じである。一通りの話題が出尽くすと、必定、話題は元に戻る。誰かが私にいった。家族に会社を辞めることをいったのか、と。私は返答に窮してしまった。常識的な答えと非常識的な答えを用意していた。若いころの私ならば、嘘であれ本当であれ、常識的に答えていただろう。「もちろん家族にはいいました。心配していました。早く再就職先が決まればいいねといっていました」などと答えれば、その話題はそれでお終いであっただろう。しかし私はこれまでにいくつかの会社を辞め、何回かの送別会に主賓として参加してきた。毎回同じ返答をするほど芸のない人間でもない。そして、何よりも嘘をつくということに疲れきっていた。嘘はこれからもいろいろな局面でつくのだ。本音をいえる場ではそれがどんなことであれ、本音をいっておきたい。私は同僚にいった。「家族にはいうつもりはありません。10月1日からはエアー出社をします。会社近くの靖国神社にいますので、もし良かったら遊びに来てください」。さすがに、大爆笑とはいかなかった。何人かの人間は明らかにリアクションに困っていた。しかし8割がたの人間はおかしくてたまらないといった表情だった、と思う。ある人がいった。「エアー出社って都市伝説かと思っていました」。別の人は心底私を心配していた。「正直にいった方がいいですよ」と。
しかし私には実績と経験があった。かつてエアー出社をしたことがあること。3ヶ月間は耐え忍んだこと。むろん、その間経済的に厳しい状況に陥った。そしてなにより精神が錯乱しそうになったことも鮮明に覚えている。そう、鮮明に…。
まさか2年連続でエアー出社するとは思ってもみなかった。誤算だった。かつてエアー出社をし、それに終止符を打ったとき、この経験は二度としないと誓ったものであった。しかし今、私は2年連続2回目のエアー出社をしようとしている。世間広しといえども、私ほどの異様な空気間に包まれている人間はほかにいまい。
私はいささか調子に乗っていた。あと数日でお別れする同僚たちに、去年もエアー出社をしていたとおどけた感じで告白した。これには心配していた数人の同僚も吹き出さざるを得なかった。おまえってやつは…といった表情だった。これで場は一気に盛り上がった。私は調子に乗って、仕送りをしてください、ローテーションを組んで毎日交代で昼飯を靖国神社に持ってきてください、昼間部屋に居候させてくださいと申し出た。そして、すべて完全に全力で拒絶された。私は愉快になっていた。かつてのエアー出社は、限られた友人にしか知られていなかった。しかし今回は職場の人間にギャグ的にでも告白することができたのだ。これは大きな進歩といって差し支えないのではないだろうか。一人で溜め込むよりもよほどいいはずだ。
私は心が躍るような感じだった。10月1日から始まるエアー出社にも細い希望の光が差し込んできたような気がした。去年の年初めに経験した暗いエアー出社とは趣を異にするような気がした。しかし。
しかし、と思わないではいられない。エアー出社は様々な危険を孕んでいる。無職であるということは履歴書に傷がつくということだ。また経済的損失も大きい。そして何より精神的な打撃が大きすぎるように思われる。それは経験的に知っているはずだ。たとえ、会社の人たちにエアー出社に関してギャグ的に告白し、それがいささか受けたからといってそれは何の解決にもならない。10月1日から職なしになるのは厳然とした事実だ。そのことから目をそらしてはいけないのだ。
早期に職を見つけるか、エアー出社を楽しむ方法を案出するか、なんらかの手を打たねばならないだろう。