ハローワークだけが俺のホームタウン

新聞やテレビジョンやインターネットなどの情報を鵜呑みにしてはならないとはよくいわれていることだが、大半の人間は、マスメディアの情報に踊らされている。新聞に書いてある要人の発言とそれに批判的な記事の論調を読めば、人はその要人が「世論」的に不人気で失政を繰り返すトンマな人間であると断じる。仏頂面を浮かべて世の中を舐めたような表情をして、どんな苦境に立たされても泰然自若としている人間に対して、無反省な人間だ厚顔無恥だと批判的にテレビキャスターがいえば、視聴者はその不機嫌な男を悪人として見るようになる。インターネットで容姿の優れているアイドルタレントが人気ブログなどで「ギザカワユス」といえば、たとえそれが悪臭を放つだけのみょうちくりんな小動物だとしても、全力で愛で、囃し、甘い声をかける。むろん、すべての人間がそのような単純な思考のもとに物事を判断しているわけではないだろう。字面だけを追ってすべての事実をつかんだ気になる人間など小数かも知れない。作為的な映像を見て、げんなりしている人のほうが大勢かもしれない。アイドルタレントの独特の美観にしてもそうだ。むろん、中川氏の独特なセンスは賞賛すべきものであり、それについては私も異論はない。中川氏の飼い猫である「マミタス」は異論の余地なく可愛い。私でさえも、毎晩しょこたんブログを読み、目を細めている。それは否定しない。それを見て1日の疲れを癒しているといえなくもない。しかし、中川氏は別格なように思われる。やはり、世間で見かける大半の情報は、疑いの目を持って接しなければならない。ジャンクが大半を占めている。自分の目で見て耳で聞いて、真に有用な情報とジャンクとを選り分ける能力を磨いていきたいものである。それにはやはり労を惜しんでいてはいけない。いくつかの意見を比較検討しなければならない。物事に対してクリティカルな姿勢をとることを忘れてはいけない。先入観や固定観念は取り払いたい。中川氏など信頼できる識者に対しても時には批判的な姿勢で臨みたい。私は真実を獲得するために現場を回りたい。やはり二次情報を拾うだけではだめなのだ。足を使って一次情報を手に入れなければならない。私はその道を選びたい。

昨日内閣が改造された折に、首相が「第一に雇用、経済、成長、予算に取り組まなければならない」と述べたという新聞記事を読んだ。私はこの首相の政策を支持する。国内の経済は引き続き不安定であり、当然雇用も厳しい情勢が続いている。自助努力だけでは立ち行かない産業に助成金を出し、新たな雇用を創出する。新たに人を採用した企業に助成金を支払う。それによって企業の採用意欲を刺激する。素敵な政策である。引き続き実行していただきたいものである。私は現在の雇用促進のための助成金制度にもう少し工夫を加えてもいいと考えている。世の中にあふれている失業者・求職者をランク付けし、そのランクごとに助成金の額を変動させればよい。正社員経験のないアルバイターを採用したら500万円、(私のような)ジョブホッパーを採用したら800万円、10年間完全ニートの人間を採用したら1000万円、就職したくないけどママンにいわれたから面接に来た人間を採用したら1200万円などだ。経歴、スキル、労働感、年齢などで助成金を設定するぐらいのゲーム感覚を持つのも一考だと私は考える。

それにしても世の中の雇用は、実際のところどうなのだろう。最新の雇用統計をみると、7月の完全失業率は5.2%で前月より0.1ポイント低下している。これは6カ月ぶりの低下だという。就業者は前月比21万人増の6246万人となり、2カ月連続で増加。1月(前月比54万人増)以来の大幅な増加だった。前年比では1万人増と、2008年1月(同43万人増)以来2年6カ月ぶりに増加に転じ た。失業者も前月比6万人減の341万人と、5カ月ぶりに減少している。前年比では28万人減となり2007年7月(同34万人減)以来3年ぶりの大幅な減少となっている。
このように統計上は、回復基調にある(もちろん、失業率が5%を超えているということは憂慮すべきことだが)。これは明らかに、微風ながらも追い風が吹いていると見て間違いないだろう。このタイミングで転職戦線にでることに決めた私の決断は、英断であったと評価してもいいのではないだろうか。

今日、私は久しぶりにハローワークに行った。今の会社に入社したのが今年の年始だったので、ほぼ1年ぶりの帰還だ。やはりこここそが、私のホームグラウンドであるように思われる。社会に出て5以上経つが、ほぼ毎年ここに来ている。この安息の地を離れ、無謀にも社会に飛び出すたびに、1、2年あるいは数ヶ月でこの場所に戻ってくる。雇用保険の申請、求人検索、紹介状の発行、職業訓練校の応募など。ここはいつでも私を受け入れてくれる。社会からドロップアウトしたアウトロー共を寛容に無条件に(そしてもちろん事務的に)迎え入れてくれる。結局行き着く先はここなのだ。そして頼ることところはここでありここで働く人々なのだ。

最後にここに来たのは昨年の12月だったはずだ。去年は1月から離職していたためほとんど1年を通してハローワークに通いつめた。2009年の年始はひどいものだった。前年の秋にリーマンブラザーズが破綻し、世界経済が急速に悪化した。それにより国内の雇用が崩壊した。巷間に求職者があふれた。多くの人々がハローワークに流れ着いた。求人検索をする人、失業保険を申請する人たちでハローワークはあふれかえった。求人検索機を利用するのに20人待ちはざらだった。紹介状をもらうまでに2,3時間かかるのが普通だった。そしてその紹介状を送った応募先企業にはすでに100人単位の求職者がライバルとして(あるいは同士として?)いた。それは現場を見た人にしかわからない惨状だった。
しかし、今日のハローワークは閑散としていた。去年の今頃は、土曜日であっても人でごった返していた。これはいったいどういうことだろう。雇用は本当に回復したのだろうか。去年町中をさまよっていたあの求職者たちはどこにいったのだろう。無事に職を得たのだろうか。私にはよくわからなかった。いったい事実はどこにあるのだろうか。新聞? テレビ? しょこたんブログ? ハローワーク? ライバルが少ないということは倍率が下がるということだ。人が少ないということは吉兆だ。そう考えることにしよう。

土曜日のハローワークは平日とは違う。間仕切りで仕切った部屋の半分は、照明が消されている。残りの半分で求人紹介業務を行っている。私はそこで働いているスタッフの顔を見てまたしても胸が熱くなってしまった。そこには何人かの見慣れた顔があった。そこにいたのは、かつてともに戦った戦友たちだった。私に求人票を発行してくれ、就職のアドバイスをしてくれ、職業訓練校の詳細をレクチャーしてくれ、やさしい言葉やまなざしを向けてくれた、ハローワークのスタッフたちがいた。彼らは、昔と変わらずにそこにいて、変わらずに自分の仕事をこなしていた。求職者の話しを聞き、求人の応募状況を知らせ、応募先に電話をかけていた。そして紹介状を発行し、それを求職者たちに渡していた。暖かいエールとともに。
還ってきたんだな、と私は思った。また、還ってきたのだ。

ほぼ1年ぶりの帰還に私はいささか感傷的になってしまった。何もかもがあの日のままだった。くすんだ灰色の庁舎、勤勉なガードマン、きれいに貼り付けれらたわら半紙の求人票、心強いスタッフ、そして途方にくれた求職者たち。
私は心の中で呟いた。
「ただいま。今戻ったよ」、と。