社長の座を奪い取ろう

会社社長になるには、いくつかクリアしなければならない問題があるように思われる。一.会社の現状(営業状況、資産状況)を知ること。一.社長以下、従業員の能力、性格、立場等を把握すること。一.実権者(社長及び局長)に気に入られること。一.離職しないこと。一.すぐ不貞腐れないこと。一.様々な困難に対して体力的に耐えられるように週3回以上スポーツクラブ「メガロス」に通うこと。一.社交性を身につけるため、「メガロス」のスタッフに大きな声で挨拶すること。一.「メガロス」のスタッフが度を超えたような満面の笑みで挨拶してきても気後れしない精神力を持つこと。一.筋トレ時にかける「負荷」に妥協しないこと。一.今日、「メガロス」に行くこと。

一般的には、上記以外にも社長になるために身につけなければならない能力はたくさんある。経営者になるための能力として経営学を学んだり人心掌握術を身につけたりする必要があるかもしれない。また、現在所属している企業の社長になりたいのなら(私の場合がそうだ)、売上げを増大させるようなプロジェクトを成功させるなど、「結果」を出すのが必須であろう。しかし、それらは、大企業やまともな会社での話である。私が勤めている(勤めてきたような)会社、つまり、?中小零細企業、?創業者が高齢で継ぎ手がいない、?息子等有力な後継ぎと目されていた人間と現社長が仲たがいしてしまっている、?誰も継ぎたがらない場合は、「数字に強い」とか「経営手法を学んだ経験がある」とかは必要ない。とにかく、社長に気に入られること、それに尽きる。


社長に気に入られることが重要であるという結論を出した後、しばし、憂鬱症になった。なぜなら、私は社長にあまり気に入られていないからだ。この事実は私に重くのしかかってきた。「2代目襲名」を目指す私には、大きすぎる障害だ。まず社長と「擬似的な親子関係」を結ぶことで信頼関係を構築し、彼女(社長)にスムーズな権力の移行を促すのが私の戦略であった。初手からつまづいた。私は、しばし気落ちした。部屋の明かりを消した。窓の外を見た(空は薄暗く、小雨が降っていた)。気晴らしに読書をしようとした。ブックオフで購入した「確定申告」についての本を読んだ。5分で止めた。書を捨てて街に出た。「メガロス」に行った。腹筋運動をした。背筋運動もした。腿も鍛えた。走りもした。スタッフに対して半笑いで挨拶をした。私は読書をしている時も、腹筋運動をしている時も、常に自問していた。「はたして私は社長になれるのだろうか」「現在の苦境を打破できるのか」「私は社長になれる『器』なのだろうか」・・・・・・・・・・・・・。

器だ、と思った。
私は確かに社長になれる器を持っている。それは当然の理であるように思われる。今まで私は様々な会社で働いてきた。正社員として、準社員として、アルバイトとして、登録型派遣社員として。また多種多様な業界・職種を経験してきた。会社が変わるごとに、社風も変わる。会社では様々な慣習がある。同僚にお菓子を配る、「文集」を作る、ことあるごとに記念写真を撮る、先輩社員が新入社員に昼飯をおごらなければならない、特定のパソコンからしか電子メールを送ってはいけないという決まり、毎朝社長室まで行って挨拶をする、使えない人は即日解雇、業務の引き継ぎは半日。無意味な慣習があり、煩わしい決まりがあった。そこで働く社員も様々だ。すぐ怒る人、完全にネグレクトを決め込む上司、会社に来ない社長、スポーツクラブ通いの社長、株の売買で忙しい社長、社長の内縁の妻、社長の息子、すぐ金をせびる先輩、予定を守らない人、作家崩れ、社長を告発しようとしていた人、パラノイアっぽかった人、ハッタリ屋。今思い出すと、彼らと過ごした日々が懐かしい。彼らと一緒に困難に立ち向かった。私の困難は、大概が彼ら自身だった。彼らと対峙することが、働くということだった。そして私は強くなった。もしそう言いたければ、「ひとかどの人間」になったと言ってもらっても結構だ。私が、大人物か大物か、議論を重ねたければそうすればいい。私が社長の器であるということは、ほとんど自明であるように思われる。転職回数、離職回数、離職期間、求人応募数、ハローワーク登録回数などを見れば私の職業人としての経験値の高さがわかるだろう。私の強みは、常に移動しているということにあるように思う。ここではないどこかへ、場所を移動する。習慣が変わる、周りにいる人が変わる。そこに順応する。あるいは順応できずに逃げ出す(しかし免疫はできる)。年を重ねて一所に定住するのは賢明なことだ。年をとってもふらふらしていてはだめだ。しかし、若いうちは動かなければならない。様々な場所に出て経験を積み、見聞を広げるのが良い。
常人は、まず仕事を固定させようとする(つまり経済的に安定しようとする)。そして「土日」や「アフター5」を使って小さな移動を試みる。精神的に、物理的に。しかしそのような空いた時間で移動する距離など、たかが知れている。ロープで固定されたボートに乗って、必死になってオールを漕ぐようなものである。円を描くだけである。私はまずロープを切る。そして大海にこぎ出す。沖に出る。やがて不安になり、すぐに引き返そうとするが、陸の方角がわからずパニックになる。泣く。喚く。何とかして陸地に戻ってくる。そこで、様々なモノを喪っていることに気がつく。財布、洋服、食糧、知り合い、職業、時間、ハローワークカード。そして私はまた最初からやり直す。ハローワークに登録し、リクナビNEXT、マイナビ転職から求人に応募する。やがて、就職が決まる。数カ月して、「漠然とした不安」から退職を申し出て、即日受理される。そしてまた大海へ漕ぎだす。
これを繰り返すと、やがて「陸地」と「海洋」の区別がつかなくなってくる。「陸地」が会社で「海洋」が会社じゃないところ…だっけ?
私は、確かに新しい境地に達しつつある、はずだ。新しい職業観を獲得しつつある、はずだ。経験値は積んだ、胆力も身についた。
しかし・・・・。
私はここからどうすればいいのだろうか。
私は、愕然とした。
社長としての「器」があることと今まで書いてきたことをどのように接続させればいいのだろう(ひとかどの人間=社長としての器を持つ人間でOK?)。私には、わからなかった。とりあえず…。
ちょっとメガロス行ってきます。マジで。