採用面接のときから社長に罵倒されていた……

毎朝目が覚めると決まって思うことがある。はたして私は本当にあの会社に勤めていていいものなのか。早い段階で辞表を提出すべきなのではないか…。

新しい会社に入社して1カ月が過ぎた。短い期間だが会社についていろいろなことを知った。発行している出版物が以外にもまともなものであったこと、湯水のごとく経費を使いまくること、朝令暮改といったレベルでは済まされないほどの相次ぐ計画変更、社長の豪胆さと局長の繊細さ、社員の出入りの激しさ、社員に占める親戚縁者率の高さ(5/13=38%)、労働基準法とは無縁の職場環境、社長と呼ばれている人が実は会長で、ただの経理のおばさんだと思っていた人が名義上の社長であったこと、15時に突然山梨に行くぞと言われ22時に帰社するような無計画な出張(車で)など。
様々な職場を渡り歩いてきたこの私であっても、想定の範囲を超える経験がいくつかあった。今のところ何とか踏ん張っている。なにしろ世の中は大不況なのだ。またあの長くつらい転職活動を行う気にはなれない。いくら私が有能なジョブホッパーでも今あの転職市場に参入するのは自殺行為以外のなにものでもない。

私は、採用面接の時からなぜかわからないが社長に怒られていた。そして入社前の忘年会の時にも絡まれた。基本的に人に絡むのが好きなのだろう。これは一過性のものだ、だからそんなに気にすることはないと思っていた。入社したら私への応対は当然変わるものと思っていた。しかしその考えは甘かった。入社してからも事あるごとに社長は私に絡んできた。山梨への出張の時などは、車内で「辞めたければなるべく早く言って」「車の運転もできないような人は別にいらない」などひどく面倒くさいことを言われ、辟易させられたものだ。しかしそういったことは他の社員に対しても言っていることだ。特別、私だけに悪意の矛先が向いているわけではない。しかし、と思わないではいられない。なぜ彼女は私に対して偉そうに振舞うのだろう。私に対してそのような口を利くとは、一体何様のつもりなのだろう。社長だからといってずいぶん尊大な態度にでるじゃないか。私のことを何様だと思っているのか。繊細な心を持つ新入社員なのだぞ。もっと丁重に扱ってもよさそうなものではないか。
私は今までの人生において年長者やまともな知性のある人たちからはあまり絡まれたことがない。私は元来おじさん(おじいさん)、おばさん(おばあさん)に気に入られる性質なのだ。いや、私に限らず大半の若い男は、おばさん(おばあさん)に気に入られるものである。そのような鉄則をいとも簡単に破るとは。誤算だった。
当初の目論見では、私はこの零細企業で経営者側の人間に厚遇され、自由気ままにふるまえると踏んでいた。やるべきことはやって、後は惰性で仕事を進める。難しいこと、面倒くさいことは適当なことを言ってうっちゃるつもりでいた。しかしこの会社では、そんなにうまく、ことを運ぶことはできそうにない。厚遇されるどころか冷遇されているようにさえ思う。なにしろ私の今の仕事は雑誌の編集でも進行管理でもなく、ただの雑用なのだ。目下のところ私が抱えている案件は「取引先の名簿を作る」ことと「玄関マットを購入すること」だ。なんていうことだ。完全なる雑用ではないか。これではスキルを身につけることなど不可能だ。まさかこのままずっと雑用をし続けるわけにもいくまい。私ももう28歳なのだ。三十路まであとちょっと。無駄な時間は過ごせない。このような状況が続くのであれば、こちらからアクションを起こして事態を打開しなければならない。幸い、私には様々な職場で働いてきた経験と、深い洞察力と思慮深さ、大胆な仮説を打ち立てる想像力、そしてそれ実行に移す行動力、すぐに物事を投げ出す思い切りの良さなどがある。そのような能力を持った私にしかできないことがきっとある。
打開策はすぐに思いついた。私みたいな有能な人間は、閃めこうと思えばすぐに閃くことができるのだ。現在の苦境をすぐに帳消しにする大胆にして華麗な妙案。それは打開策であると同時に野望でもある。私は、「夢」や「目標」を持たないタイプの人間だ。しかし、久しぶりに、それらに近いものを打ち立てる機会を得た。「三十にして立つ、四十にして惑わず」と言ったひとがいたそうだが、私も28にしてやっと重い腰を上げようと思う。目標を持つことで前向きな人生を送れるかもしれない。それを達成するにはおそらく想像もできないほど困難な道を歩むことになるだろう。途中で必殺の「投げ出して遁走」することもあるかもしれない。しかし人生で一度ぐらいは本気を出してもいいかもしれない。28歳、決して若くはないが老成する年頃でもない。一点に向かって猛進するものいいだろう。知恵を絞ってやってみよう。
今日私は、大志を持った。三十路前にして、立つ。社長はもう72歳だ。そろそろ後進に道を譲るときだろう。後継者は現れた。
今夜、私は社長になることに決めた。