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『さようなら就活よ、サヨナラ』〜敗北したから、言っておくね〜(27歳男、リーマンショック後にエアー出勤をする㉚)

午前11時、私は物流センターで仕事に励んでいた。梱包作業をしていた。コンベアーの上を間断なく流れてくる段ボール箱の口を止め、伝票を貼り付け、次の作業者のほうへ箱を押し流す。この作業に不慣れな私の手さばきはとてもぎこちない。私を含めて3名いる梱包担当者はすべて未熟練者だ。そのため全体の作業スピードに間に合わなくなる時がある。そのようなときは、検品や積み込みをしている常勤スタッフがヘルプに入ってくれる。彼らは、熟練作業員らしく無駄のない動きで段ボール箱を梱包する。開いている箱の上部を肘で押えながら、片手でテープカッターを扱い、素早い動きで梱包する。そして目にも止まらぬ速さで剥離紙を剥がして伝票を貼り付ける。私たち未熟練者たちはその動きを目の端に入れながら、自分たちの作業を自分たちのペースで進める。梱包は3人でこなさなければならない作業だ(熟練者なら2名で足りる)。熟練者に助けられるたびに私たちは、自分の不甲斐なさを感じて恥じ入る。そして今後は彼らの助けを借りないようにしなければと、より一層精神を集中して梱包作業に没入しようと試みる。しかし、この時私は別のことを考えていた。
「早くお弁当が食べたい。」
今日のおかずは、コロッケ、ミートボール、玉子焼き、ほうれん草のバター炒め、きんぴら。

お弁当を持参するようになってからというもの、午前10時ぐらいになるとお昼ご飯の時間が待ち遠しくてしかたがなくなる。昼飯にコンビニ食を食べていた時にはこんな気持ちは起こらなかった。コンビニのパンやおにぎりは味気ない。連日コンビニ食が続くと、数日前と同じパンやおにぎりを食べることになる。懐具合がさみしいため、たくさんの食べ物を購入できるわけでもない。美味しくもない食べ物を、少量しか食せないお昼ごはんに一体どんな希望を持てと言うのか。その点、自家製のお弁当は良・質ともに満足のいくものだ。おかずは常に4種乃至5種盛り付けている。また私の使っている弁当箱には、1合分の米飯を詰めることができるため、量的にも充足できる。食後のデザートとして小さめのタッパーに入れたリンゴやバナナ、おはぎなどを持っていくだけでお昼御飯が華やぐ。さらに、お弁当を持参することでどれだけ出費を抑えられるかを考えるのも愉快なものである。すべての面でコンビニ食や弁当屋の弁当に優っているといえる。

お弁当の時間が一番幸せだ。一日の中で、これほど満足感に満ちている時はない。たとえ冷凍食品が中心のおかずでもよい。白飯がうまく食べられるなら文句は言うまい。濃い味付けの冷凍食品を食べた後の、手作り玉子焼きが絶品だ。塩と砂糖だけの簡素な味付けだが、箸休めとして食べると万倍もおいしく感じられる。前日の残り物のおかずも美味しい。前夜、あんまり食が進まなかったようなおかずでも、翌日のお弁当に入ると不思議と美味く食べられる。お弁当マジックとはこのことか。

私は、柔らかな幸福感に包まれていた。お弁当を持参するだけでこんなにも清々しい気持になれるものなのか。朝早く起きて弁当を拵える生活にも慣れた。生活にリズムが生まれた。単純作業に気が滅入りそうな生活の中にあって、お弁当は一条の光のようなものだ。気分がいい。精神はこれまでにないほど平静であった。しかし、と思わないではいられない。これでいいのだろうか。
私は、いまだに定職に就けていないのだ。就職活動を始めて10カ月が過ぎていた。


危いなと思った。
この生活にのめりこんでしまったら、抜け出せなくなってしまうかもしれない。
就職活動は相変わらず停滞している。毎週火曜日と金曜日に「マイナビ転職」「エンジャパン」、水曜日に「リクナビNEXT」、日曜日に「朝日求人」をそれぞれ閲覧し、気に入った求人があれば応募する。また不定期に、「ハローワーク インターネットサービス」で求人検索し、いくつか応募してもいいな思った求人が集まったらハローワークに行き、紹介状を発行してもらう、という活動を続けている。それは今も変わらず続けている。10カ月間ずっとだ。しかし、私の中で、重要なものがすでに失われてしまったことを、私は知っている。


私には、目標があった。しかしその目標はもうない。追い求めた果てに、消え去った。今となっては無謀な挑戦だったと思っている。私のような若い求職者が追い求めるにはずいぶんスケールの大きな目標だった。今は、目標を達成できなかった挫折感、目標を喪った喪失感、無駄な時間を過ごしたという徒労感に襲われている。すべて、終わった。

私は大学を卒業して以来数回転職を繰り返してきた。今は、転職活動を続けてはいるものの無職状態が続いている。非常に苦しい状態が続いている、といえなくもない。そんな私のことを、将来を考えてない無思慮な奴と思っている人もあるいはあるかもしれない。しかしそれは間違った評価だ。私は社会に出て4年半というもの、ずっと、この国の硬直的な「労働観」を変えようと活動してきた。

高校や大学を出て間をおかずに社会に出ること、1つの会社に長期間勤めることがあたりまえだという考え方、異業種・異職種への転職が難しいこと、既卒地獄・新卒優遇主義、転職回数を重ねることは悪だという風潮、一度ドロップアウトしてしまうと以後復帰することが難しくなるということ、仕事が生きがいであると言う価値観などを破壊し、新たな価値観を創造しようと活動してきた。

この活動について、私は誰にも話してこなかった。隠密裏に遂行してきた。周りの人間は、私が何の考えもなしに転職を繰り返し、未経験の職種・業界に考えもなしに転職していると思っていたことだろう。ド素人である。そのような人たちは、既成の概念や一般論に蝕まれてしまっている人たちだ。眼鏡をかけている生徒はすべて秀才であり、ぽっちゃりしている人にゴールキーパーをさせるような、無慈悲で紋切り型の考えしかできない人たちだ。世の中はそのような人たちであふれかえっている。そのような人たちは、大勢でありまた自己保身に執心しているため、新たな価値観や人生観、労働観を作り出すことなどしないし、また自分たちの立場が相対的に安定しているため、変革を望まない。しかし、時代は変わった。少子高齢化とそれに伴う労働人口の減少により、将来的な経済成長は期待できない。高度成長期にあっては、鉄鋼・造船・自動車・電気機械・化学・繊維産業が日本の基幹産業であった。現下、そのような成長産業はわが国には存在しない。完全失業率は過去最高を更新し続けている。国内の雇用環境は、かつて経験したことのないようなシビアな状況にある。そのような状況下にあって、働き方や労働観が変化していくのは道理であるといえる。しかし・・・・。


鳩山新政権に期待が集まっている。戦後二番目に高い支持率であるという。新政権には期待したい面もある。各省庁に政務三役など約100人の議員を配し政府と与党の政策を一致させ一元的な政策を推し進め、幹部官僚の人事も政治主導で行い天下り・渡りの斡旋を原則禁止にするなど「脱官僚と政治主導」を推進するという。総予算207兆円を組み替え、無駄のない予算編成を目指し、子ども手当の創設や年金制度改革など様々な政権政策を掲げている。結構なことである。「財源」の問題など軽くクリアーしてください。理想主義、素敵です。
国家は、国民の財産を守り生活をよりよいものにするために存在し、政治がそれを実行する。しかし、政治ができることには限界がある。国民の側からの主体的な行動が必要になる。考え方の変更である。
「働くこと」を取り巻く環境は、「働く場がない」「激務過ぎて生活に豊かさが実感できない」「仕事と育児、介護の責任が二者択一になっている」など、大変厳しいものとなっているという指摘がある。そしてこれらの状況が、非正規雇用者等低所得者の将来への不安や社会の活力の減退、少子化現象を引き起こしているといわれている。
ずいぶん前からこのようなことは指摘されてきた。しかし、何の改善もみられていないのが現状だ。
そこで、私が登場した。4年半前のことだ。私は新卒で入社したIT系企業に5日間だけ出勤してすぐに退社した。そしてその後フリーター期間を経て、出版社に入社した。そしてそこに2年間勤めた後は、調査会社に2カ月、出版社に2カ月、卸会社に4カ月勤めた。
これら5社で勤めていた間、そしてそれぞれの会社に入社するまでに行った就職活動を通して私は、日本的な労働観を打ち破るためだけに活動を進めてきた。キャリアを築くことも、専門的な知識を学ぶこと、安定的な給与を得ることなどすべてを放棄した。4年半ずっとだ。その活動は、地道なものだった。

私が自分に課したルールは「入社したら退社すること」といういたってシンプルなものだった。既成の概念を打ち破ること、それを実践して初めて新しい価値観を創出できると思っていた。新しい価値を確立することにより、私や日本型雇用制度の下で不遇をかこっている数多いる転職家たちの地位を確保することが目標だった。
短期間で会社を辞めること、職種・業種に一貫性を持たせないこと、ブランク期間を設けること、非正規雇用と正規雇用での就業を繰り返すことなどを実践した。
私のやっていることを積極的に世間に発信した。個人での活動には時間や労力に制限がある。だから私はもっとも効果的であると思われる方策を採用した。発信先を絞り、ピンポイントで攻撃した。ターゲットは企業の人事担当者だ。彼らに、転職家・小林眞一をアピールすることがすなわち先進的な価値観の普及につながると考えた。面接で実際に会って私をアピールすること、就職サイト経由で私の経歴書を見てもらうこと。そのような方法で、彼らに転職を重ねることこそが次代の価値観であるということを啓蒙し、既存の労働観を破棄させる⇒保守的な採用スタンスが改められる⇒就労スタイルが多様化する⇒失業率低下、正社員の仕事量が軽減⇒豊かな生活の実現。

2年前には私の活動を後押しするような政府の政策も打ち出された。
平成 19年12月18日、総理大臣官邸において開かれた「官民トップ会議」において、「ワークライフバランス(仕事と生活の調和)憲章」及び「仕事と生活の調和推進のための行動指針」が、政労使による調印の上、決定された。これにより、従来の日本人の歪な「働き方」が改められ、より豊かで「人間らしい働き方」の実現へと向かっていくものと思われた。私やその他の転職家たちは、この指針が発表された時、心強い後方支援を得られた、と歓喜したものである。
しかし、である。
事態は一向に改善されていない。「多様な働き方」などどこにも存在していない。そんなものは空言だった。私が今年の1月から今まで継続的に行っている「就職活動08〜09」の活動における企業の採用面接や、転職サイトやハローワークでの就職活動を通して、理解した。この国は何も変わっていない。
ワークライフバランス? 一体誰がそんなものに注力しているというのか。そんな考え方は全然どこにも浸透してない。企業の規模によらず、産業によらず、年代によらず、誰もかれも「働き方」を変えようとなどしていない。私がやってきた4年半の活動はなんだったのか。無駄だった…。
考えてみればそれは当り前の帰結だったように思う。
過去にも私のような転職家はたくさんいた。会社に勤めては直ぐに退職し、転職を繰り返し、ド壺にはまる人たち(ジョブホッパーというらしい)。企業はそのような人たちを見て「根性ない」「継続性ない」「計画性ない」と判断する。当然と言えば当然だ。彼らの多くは(すべてではない)計画性も理念もなにもない。しかし、私や(ほかの真の転職家)は違う。私は大きな志をもって転職をしてきた。再三繰り返している通り、私はこの国に支配的な硬直的な「労働観」を破壊しようと努力してきた。しかし、私の力が及ばなかったのか、あるいは私の考え方が時代を先取りしすぎていたのか、どちらかはわからないが、兎に角計画はとん挫した。大変忸怩たる思いだ。私がもう少し踏ん張れば、この国のジョブホッパーたちを救えたかもしれないというのに。

なんにせよ、私が4年半の間取り組んできたプロジェクトは終わった。会社と会社を軽やかにホッピングしたこの4年半、非常に刺激的であった。また、日本の労働様式を変えるという壮大な計画に臨めたのも、いい経験になったといえる。
いつの日か誰かがアクションを起こし、この国の働き方を変えてくれる日が来てくれるといい。その日が一日でも早く来るように陰ながら祈りたい。

今後の計画に関しては特に考えていないが、今とそう変りのない生活を送っていくだろうと思う。転職活動は続けていくつもりだし、いずれどこかの会社に勤めることになるだろう。ただ、依然抱いていた大志はすでに欠片もない。
今は抜け殻のような毎日を送っている。就職活動も惰性で行っているようなものだ。しかし、いずれ、新しい会社に入社する時が来るだろう。どのような仕事をするかはわからない。一大プロジェクトを(失敗で)終えた今となってはそんなことはもうどうでもよい。しかし、次に勤める会社がどんな業種・職種であれ、これだけは言える。私はその会社も短期間で辞めるだろうと。それは酔狂な行為なのかもしれない。合理的な判断のもとに行っていることとは到底言えないだろう。しかし私は、辞める。もはや、退職理由などない。
もし誰かに、お前はなぜ会社を辞めるんだ?と聞かれたら、私はこう答えるだろう、「そこに会社があるからだ」と。
最後に、敗北宣言と退場の挨拶を兼ねてこう言いたい。
さようなら就活よ、サヨナラ。