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27歳男、リーマンショック後にエアー出勤をする㉘

2009年エアー出勤 エアー出勤

『前回までのあらすじ』
ウィーン|/// |(´_ゝ`)ノ | ///| オジャマシマース♪





先週の土曜日、編集プロダクションの採用試験を受けに原宿まで行った。

筆記試験は、14時から16時半までの2時間半という長丁場だった。
設問は大きく分けて3つだった。【問1】は資料を読んで答えるもので、これは多少の読解力と簡単な算数ができれば解けるようなサービス問題だった。【問2】は厄介だった。「日本国内にはどのくらい温泉旅館があるか。根拠のある数字をもとに計算せよ。計算過程も記述せよ」というものだった。【問3】は作文(1000文字以内)で、テーマは「あなたが仕事について学んだ“場所”について書け」というものだった。

【問1】は慎重に資料を読んで解答した。この問題に20分を要し、次に【問2】にとりかかった。しかし、すぐに断念した。温泉旅館の数? 学生時分に社会科や地理の授業で習った記憶もないし、新聞やテレビで見聞いた記憶もない。そんなものはわかるはずがない。グーグル等先進企業の採用試験で、この種の問題が出題されたことがあるということは聞いたことがあった。グーグルで過去に出題された採用試験をネットで調べてみた。
Q1. スクールバスにゴルフボールは何個入るか?
Q2. シアトルのすべての窓ガラスを洗浄するとして、あなたはいくら請求しますか?
Q3.ある国では人々は生まれてくる子には男の子だけを欲しがりました。そのため、どの家族も男の子を産むまで子供を作り続けました。この国では男の子と女の子の人口比率はどうなりますか?
Q4. 全世界でピアノの調律師は何人いますか?
このような問題に直面したとき、大半の人間は一瞬だけ考えてすぐに諦めて次の問題に取り掛かる。それが一番賢明だろう。知らないものは知らない。わからないものはわからない。

【問2】は諦めて【問3】の作文問題に臨んだ。原稿用紙(20×20)で2枚半という制限字数を目一杯使って美文を書こうと思った。しかし美文など書けるはずもなかった。私にはそのような文章を書く才覚など備わっていない。また過去に勤めた会社で、何か真に有用な職能や職業観を学んだ記憶がない。そのような人間に上記題目についての文章を書けと言われても無理がある。さらに困ったことに、【問2】をブランクとしてしまった時点で、私の集中力は完全に切れていた。私には集中力や持続力といった能力が欠落している。さらに付け加えると、私は物凄く諦めが早い。
3つの設問のうち1つを無解答とした時点で不採用は決まったようなものだ。ならばこれ以上どんなに努力しても焼け石に水だ。私は抜け殻のようになっていた。1000文字の作文は惰性で書いた。私は2枚半の原稿用紙をほとんど一息で埋めた。笑いもオチもなく、さらに文字が悲劇的に汚いという凄まじい原稿に仕上がった。

この時点で時刻は15時を指していた。残り時間はまだ1時間半もあった。試験開始前に試験官が「終わった人から解答用紙を提出して帰宅していい」と言っていたが、さすがにまだ帰宅する受験者は一人もいないようだった。

私はしばらく呆然としていた。支給されたペットボトル入りの水を飲んだ(あまりに暇だったので消しゴムのカスをまとめて練り消しをつくろうとしたことをここで告白しておく)。
その後作文を読み返し誤字脱字を探した。7,8箇所訂正した。再読していたら自分でも判読できない字が混ざっていた。心底驚いた。ただ、その読解作業がいい暇つぶしになった。しかし時間はまだ1時間10分ほどあった。あたりを見回すとほとんどの受験者が、作文の執筆をしているようだった。おそらくみんな【問2】は諦めたのだろう。そう思った瞬間、私の中の闘志に火が付いた。ここで差をつけられたら、あるいは…。久々に活力がみなぎってきた。しかしそれはすぐに萎えた。
15時半になったら帰ろうと思った。外はまだ暑いだろうか。スーツで街中を歩くのはしんどい。考えただけで辟易した。なぜ土曜日にスーツを着て原宿くんだりまで来なければならないのか…。それもこれも私が無職だから…。そう思った瞬間私のハートに火が付いた。しかしそれはすぐに消えた。
以前、無職の友人と「まさか無職のままゴールデンウィークを迎えるとは思わなかった」と苦笑混じりに話していたのを思いだした。それから3か月、まさか無職のまま夏を迎えるとは。俺たちに、盆休みはない。そのことが私を奮い立たせた。もうこんな生活にはおさらばだ。恥も外聞もかなぐり捨ててやるしかない。そう思おうと思ったけど思えなかった。一度切れた集中力を取り戻すのは非常に難しかった。

私は、ぼんやりと問題用紙を眺めていた。怒りがわいてきた。温泉の数など知るかと思った。温泉旅館と旅館って同じなの? 知らんがな。アホンダラ。雑魚キャラが! いい加減にしろ!!!!!!……温泉だけにね(笑)などと頭の中でのべつまくなし愚痴を言っていた(この「いい加減にしろ!!!」というアイディアに、しばらくの間取りつかれていたことはここで正直に告白しておく)。その時ふと、私の住んでいる横浜市北部にははたして温泉旅館などあったけなという考えが浮かんできた。緑区、青葉区、都筑区、港北区。なかったような気がする。鶴見区は?神奈川区は?瀬谷区は?旭区は?
その時だった。天啓に打たれたような気持になった。私は、驚くべき着想を得た。
この問題、解けるかもしれないと思った。

その瞬間、私は無職界のアンドリュー・ワイルズになった。