読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

27歳男、リーマンショック後にエアー出勤をする㉗

『前回までのあらすじ』
(/゚∇゚)/゚∇゚)o ティース♪





「僕は二十歳だった。それが人生でもっとも美しいときだなんて誰にも言わせない」といって啖呵を切った人がいたそうだが、まさにその通りで、二十歳がもっとも美しいなどと考えている人は二十歳に達していない若輩者か時代錯誤者か、どちらかだろう。

人にはそれぞれ事情がある。体力、財力、知力、学力など様々な要素で個人差がある。にもかかわらず、十把一絡げにして扱うのはよくないことだと思うな、おじさんなんかは。

小学校の段階で算数の授業についてこられない児童を、強制的に上のカテゴリにあげて、他の理解している児童と一緒に授業を進めていくなどというのは、残酷なことである。そのように冷遇された児童が、やがて髪を茶髪に染め、耳にはピアスの穴をあけ、平日の昼間からゲーセンに入り浸り、警察に補導、親御さん登場、ピンタ、家族崩壊し、挙句の果てに犯罪行為に走り、逮捕という最悪な人生を送ることになる。

またたとえ、算数が理解できたとしても、学校のクラスやクラブ活動、子供会のゴミ拾いなどにうまく溶け込めず、結果、他者との交流が疎遠になり人格形成に失敗し、社会に出ても周りの人間とうまく関われないという事態に陥ることもあり得ない話ではない。

要するに、人それぞれに個体差があるのは自明なことなのであり、既存のシステムに強引にはめ込むと歪んでしまって、精神と肉体をおかしくしてしまうよって、おじさんは言いたいな。

さて、二十歳が美しくもなく清らかでもなく、単に性急で愚かであるだけだということはよく知られていることである。同じように、二十代の人間が決して社会に出てバリバリ働くのに適しているわけではない、ということも付け加えておきたい。
友人の木野君が教えてくれた、「作家の村上春樹は、『三十歳成人説』を唱えているよ」。
私はこの言葉に大いに励まされた。村上氏がなぜ二十歳ではなく三十歳こそが成人年齢であるといったのか、詳細は忘れてしまった。木野君に聞いたような気もするし、聞いてない気もする。とにかく、二十歳が成人年齢ではないということに勇気づけられた。おそらく、大学や専門学校、高校を出たての二十歳前後の若者は、ものの考え方や社会との付き合い方に関して、未熟な部分が多々あろうから、そのような若輩者が社会に出て大きな責任を負うことは難しいということなのだろう。まったくその通りだ。私の周りにも、大学を出て一度も会社勤めをしていない友人がいる。また会社に入るそばから退職を考え、有言実行、早期に退職し、いつも就活をしているトンチンカンな人間もいる。また一度会社勤めをしたあと、専門学校に言って、本当にやりたかったことを一から学ぼうとする向学心に富む人間もいる。さらに、アルバイトをしながら、作家・ミュージシャン・パフォーマーを目指すドリーマーもいる。堅実に会社勤めをしつつ、のちのちは旅人になる予定の友人もいる。大いに結構である。彼らにはぜひそれぞれの道を邁進してもらいたいものである。
そもそも小学校六年、中学三年、高校三年という制度自体に無理がある。私のように、勉強ができない人間は、小学校八年、中学十年、高校二十年、計三十六年で、四十歳を超えてから社会に出ていくぐらいがちょうどいい。
二十歳そこそこの若者には、ぜひ焦らずに、会社勤めが唯一の道ではないんだよと優しく諭したい。
私も、「就活? べつにー、マイペースで行くよ?」といった安らかな気持ちでいる。
P・ニザンに倣って「僕は二十七歳だった。それが人生で最も働き盛りな時だなんて誰にも言わせない」と宣言したい。

そのような考えが浮かんだのは、七月下旬の三連休最終日、横浜の馬車道を歩いていた時のことだ。その日は、妹の結婚式だった。みなとみらい線の馬車道駅で降車し、歩いて会場のホテルに向かった。連休最終日、みなとみらい地区にはたくさんの観光客が訪れていた。空は晴れ渡っていた。街を歩く人々に、夏の日差しがさわやかにふりそそいでいた。港から吹いてくる微風が気持よかった。往来を歩く人たちすべてが幸福感に包まれているようだった。私もそうだった。
ここ数カ月、就職活動の毎日に気持ちがささくれ立っていた。毎晩葡萄酒を飲んでは、しょこたんブログを閲覧するという退廃的な生活を送っていた。喋り相手はパソコンのモニターだけだった。
しかし今は違う。私は、人にはそれぞれ固有の生き方があることを知った。村上氏が言った、三十歳成人説を私も採用したい。私は今二十七歳だ。働きに出るには早すぎる、とあえて言いたい。

結婚式は、新郎・新婦の親族だけが列席するささやかなものだった。
幸福感に満ち満ちていた。
式の後には、会食があった。
会食は、私の兄の子供(一歳十カ月)が主役だった。くいちゃんの一挙手一投足に皆が目を細めていた。おかげで、会話らしい会話はほとんどなかった。部屋にはくいちゃんの笑い声と奇声(!?)だけが響いていた。
会食の終盤、それまでほとんど話の中心にいなかった新郎新婦の兄弟姉妹に話がふられた。兄夫婦が今度引っ越しをすること、幼少時代の話など、他愛もないものだった。私は長テーブルの一番端っこに座っていた。私にもおざなり程度に、新郎の母親が話の矛先を向けてきた。
「今日は、祝日だから、お仕事がお休みでよかったですね」
私は「いや、無職なんでいつでもお休みなんです」と答えた。
瞬間、失言に気が付いた新郎の母親は、「ああ、そうなんですか」と気まずく笑った。ほかの参加者も、一様に気まずく笑うか、目の前にある料理を一心不乱に食べるそぶりを見せた。その場を取り繕うものは誰一人いなかった。気まずい空気が漂った。少しして新郎の父親が、「大変ですね」と消え入りそうな声で言った。
私は、心の中で泣いていた。せっかくの慶事なのに私が不甲斐ないばかりに妹の顔に泥を塗るようなことを…。
決心した、働こうと。家族に迷惑をかけないように。結婚式を台無しにしないように。三十歳成人説なんて、知るものか。成人だろうと未成人だろうと職業は持つべきだ。平日の午後四時にベランダの洗濯物を取り込む生活にはおさらばだ。インタネットサービスの登録時に、嘘をついて「会社員」のチェックボックスにチェックを入れる時の後ろめたさはもう味わいたくない。二十歳はいつでも美しく、可憐で純粋なものだ。異論は認めない。
二十七歳、働くに最適の年頃だ。

いや当然働いているべき年齢か。