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27歳男、リーマンショック後にエアー出勤をする㉖

『前回までのあらすじ』
特にないです(笑)




昨日はなぜだかわからないが、引っ越し業者の採用面接を受けてきた。

出版系の求人を探している文化系の私が、体力がものを言う引越し業者の面接を受けることになったのには理由がある。
よく知られているように、私は現在構造的な財政難に陥っている。構造的というのは、要するに無職なので毎月の定期的な実入りがないということだ。これを解消するには、定職に就くか銀行強盗をするか、どちらかの選択肢しかないように思われる。しかし、ご案内の通り、私は現在死に物狂いで就活や「しょこたんブログ」を閲覧しているのにも関わらず、いっこうに就職先が決まらないでいる。となると銀行強盗という選択肢だけが残る。しかし、それは法に抵触するため現実的ではない。さらに言えば、銀行強盗をする場合、逃走用にバイクや自動車に乗る必要が出てくる。しかし私は、5年前に運転免許を取得して以来合計6回ぐらいしか車の運転をしていない。また直近で車の運転をしたのは3年以上も前のことだ。そのようなペーパードライバーが警察の追ってを逃れてエアポートまで行き、国外逃亡できるかといえばかなり怪しいと言わざるを得ない。そこまで考えて、隘路にはまった。就職もできず、かといって銀行強盗にもなれない。私は絶望した。しばらく床に臥せったあと、アルバイトをするという妙案を思いついた。

就職活動中のため長期でのアルバイトはできない。アルバイトを始めた次の日に就職先が決まらないとも限らない。だから、選択肢は狭まる。そして私は、いくつかの候補のうち、登録制の派遣会社を利用することにした。
「派遣」でのアルバイトは主に力仕事だ。仕事内容は、物流センターでの荷降ろし、商品の検品など単調作業が多い。いずれもきつい作業だ。また、夏の倉庫内はサウナの様に蒸し暑い。そのような過酷な労働環境で、私のような上流階級の子女が仕事をこなせるはずがない。段ボール箱は私が持ち上げるには重すぎる。私の白くて細い腕では支えきれない。煤(すす)などのよごれで手も汚れる。舞い上がったホコリを吸い込み、肺炎にでもなったらどう責任を取ってくれるというのか。

そのようなわけで、私は有能とは程遠い派遣労働者であった。
にもかかわらず数日前、派遣会社の営業担当者から、紹介予定派遣求人の面接を受けてみる気はないかといった打診があった。その求人こそが昨日受けた引っ越し業者のものであった。それは、一部上場企業の関連会社での就業で、雇用条件は親会社のものに準じているため福利厚生などもしっかりしているという。また通常の引っ越し業者とは差別化を図り、国外への転居を予定している外交官やスポーツ選手、商社マンなど高所得者を主な顧客にしているという。そのため、セレブリティに対して失礼のない対応ができる人間を探しているという。私はその話を聞いて、しばし逡巡した。営業担当者が私にこの話を持ってきたということは、私のことをセレブリティにもまけないような気品漂う人間と判断したと推測することができる。それは、おおむね当たっている。しかし私は非力な人間だ。重い家財道具を搬入・搬出するほどの体力は私にはない。
自分は引っ越し業には向かない旨を伝えようとしたが、ある考えが頭に浮かび、面接だけでも受けてみますと営業担当者に返事をした。

少し考えればわかるが、人間は生まれた時から不平等である。生まれた国によって生活水準が違う。1日の食糧すらまともに確保できない困窮生活を強いられている人々がいる。他方では、毎日好きなものを食べ放題食べ、過剰な食料は何の躊躇いもなくゴミ箱に捨てる飽食家の人々がいる。また、生まれながらにして“しょこたん”こと中川翔子氏のように可愛らしい容貌をしている人もいれば、そうではないような顔立ちの人もいる。容色に恵まれていれば、AKB48に入れるし、そうでなければ入れない。要するにそういうことだ。

そのような先天的な経済的・肉体的な不平等はいかんともしがたいものがある。しかし人間は、ある程度は変わることができる。知性と忍耐と努力さえあれば。私には、それがあるように思われる。
たとえば、今回の案件に関しても、文化系で非力で育ちが良いからといって、自分には引っ越しの仕事ができないと即断するのは愚考以外のなにものでもない。私は、そのようなマイナス思考に陥らないように常日頃から頭を柔らかくして思考を巡らせている。
引っ越し業が肉体的にハードであるということは業務経験がなくてもわかることである。重い荷物を梱包し、搬送・搬入する。どう考えても力仕事だ。また海外赴任する顧客を相手にする場合、船便での輸送ということになるため、荷物の梱包の仕方も通常のものとは違ってくる。それは、数か月かけて習得する特別な技術であるらしい。さらに、セレブリティの所有物は、高価なものである場合が多いため、取扱いに細心の注意を必要とする。このように、この会社の仕事は肉体的にも精神的にも非常に消耗するであろうことが予測できる。また、顧客には領事官などに勤める外国人などもいるため、文化の違いなどから理不尽な用命を言いつけられることもあるという。
このような、きつい・きたない・地味な仕事に耐えられるのかという不安が、私にはあった。
しかし希望を持って業務に臨めば、小さな障害など簡単に乗り越えられるように思う。主要な顧客にセレブがいると聞いた時、私は直感した。
うまくすれば、お金持と結婚できるかもしれない♡
みたいな。
これは重要なことである。経済格差が叫ばれて久しい今日の日本社会を生き抜くためにはどんな小さなチャンスでも見過ごすことのないよう、注意深く思慮深い判断力・決断力が必要となってくる。経済的に恵まれている人たちは、基本的に、積極的な所得の再分配をしない人種であるから、こちらから能動的に所得を収奪しに行かなくてはならない。それが所謂、逆玉の輿略して逆玉である。
この会社に入れば、お金を持っている人たちにお近づきになる機会は格段に増える。もちろん、大半の顧客は家族連れのため年頃の未婚金持女性は少数だろう。しかし、ゼロではないはずだ。セレブ夫婦の年頃の娘を奪取するという可能性に賭けてみたい。映画やドラマ、小説などから、セレブの人たちは自分たちとは階層の違うブルーカラーの若者に恋心を抱くケースが多々あることが分かっている。作業着を着て、汗をかきかきグランドピアノを運んでいる姿を彼女たちに見せつけることで、彼女たちの興味を惹くことができるかもしれない。たとえきつくて地味な仕事でも、近い将来に待っている明るいセレブ生活を夢見ることで耐え忍ぶことができる。
私は本気で、この会社で頑張ってみるのもいいかもしれないと思った。

そして昨日、面接を受けた。面接官は、入社予定の会社の親会社に所属している海外営業部・次長の坪内さんという人だった。一部上場企業の次長ということで、威厳があり、かつ物腰が柔らかく一角の人物に見えた。坪内さんは、業務に関する良い所・悪い所を率直に話してくれた。曰く、体力的にハードで、きつくて辛くて地味で大変で繁忙期は鬼のように忙しくて、正直、大学を出てまでする仕事じゃないと。驚きのご意見だった。
私はこれを聞いて、自分の考えが甘かったと後悔した。「セレブ」という手垢のついた言葉に翻弄され、逆玉の輿略して逆玉に乗るなどという幻想を抱いてしまった。
私としたことが、なんと破廉恥な…。

それでも、面接では志望動機や過去の職歴などに関する質問について丁寧に応対した。そして最後の質疑応答についても、7個ぐらい質問する等、無意味な積極性を見せてしまった。面接のときには、求職者としては当然だが、「ぜひ御社で働きたいです!」と心にもないことを言ってしまった。結果、次の選考に進むことになり、来週の頭に、実際に引っ越しの現場を見学することになってしまった。しかも半日掛けて。どうにかして、お断りの連絡を入れたいが、派遣会社の担当者の人の顔に泥を塗るわけにもいかず、今はどのようにしてこの案件から逃げ出そうかと葡萄酒を飲みながら沈思黙考しているが、結局なんだかんだで、俺小心者だし、現場見学までしてしまうんだろうなぁと思ったら、急に憂鬱になってきて、冷蔵庫に入っていた発泡酒の缶を開けて現実逃避をしようかと思ったけど、明けない朝はないとかいうみつを的な標語が頭に浮かんできた矢先、ああそういえば明日も面接だということを思い出して、履歴書を書いてないやテヘッなどとおどけてみたけど、何にも解決しなかったから、そのまま布団に入って寝た。