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27歳男、リーマンショック後にエアー出勤をする㉕

『前回までのあらすじ』
私は相変わらず就活日記を書いていた。




以前、私ははてなが提供しているブログサービス「はてなダイアリー」を利用していた。先日、暇を持て余していた時に、自分が書いた過去の日記を読み返した。自分の日記を読み返すというのは、相当な暇人がやることだが、私はこの行為を3か月に1度ぐらいの頻度でする。その時読んだのは2007年11月に書いたもので、私は当時東京の葛飾に一人暮らしをしており、今と同じように無職で求職活動をしていた。その日記の内容も就活に関するものだった。改めて読み返して思ったのは、私はあの時よりも確実に成長しているということだ。日々の生活の中で自分の成長や変化を捉えられない人がいるようだが、そのような人たちは、過去に書いた日記を読み返せばいいと思う。昔の自分が書いたものは、少なからず赤面させられるような代物である場合が多い。大方の人は、昔の日記を読んで、数年前の自分はなんて幼稚で無思慮な人間だったんだと感じるだろう。私もそう感じた。特に2007年11月21日に書いた以下の記事を再読して私は、過去の自分がいかに愚かで未熟だったかを改めて思い知った。それに比べれば、現在の私は非常に大人びていると思う。人間的に完成されているといってもいいように思う。
求職活動を開始して6か月が経過し未だに無職だが、過去の自分を嗤(わら)うことで現在の自分を肯定したいと思う。
なお、表題の「撤退」とは無職生活が長引く中で、早晩実家に撤退する羽目になるであろうということを見越して付けられたものである。

2007年11月21日「撤退6」
待てど暮らせど内定の連絡が貰えないことに焦りを感じ始めていたが、よく考えたら1社も面接を受けていないことに気が付いた。
しかたなくハローワークに求人を探しに行った。よさそうな会社が1社あったのでスタッフに連絡を取ってもらったら先方から明日来いと言われたので、行った。

その会社では調査員のような職種を募集していた。クライアントには数社の大手企業を抱えているらしく業績はすこぶる好調らしい。
最初に、面接官の山田さんに履歴書と職務経歴書を渡したら「職務経歴書はPCで作成してあるのになんで履歴書は手書きなの?」と言われた。私はなぜそんなことを言うのか分からず、「転職のマニュアル本に書いてあったからだよ」と答えた。そう答えたあとに質問の真意を理解し「すいませんね、字が汚くて」と苦笑しながら答えた。山田さんも「そうだよねぇ」と苦笑した。

私は字が汚い。できる限りきれいな字で書くべき履歴書の字も汚い。マニュアル本には、「字が汚い人は、丁寧に書くのを心がけたほうがよい。そうすれば誠意が伝わるから」と書いてある。
しかしその丁寧に書くと言うことが難しい。
本当に字が汚い人はいくら時間を掛けて丁寧に書こうと思ってもそれができない。なぜなら慎重に書こうと思うと過度に緊張してしまい、その結果、まるで犯行声明文みたいな無機質で角張った字になってしまう。さらに大体の場合、字が汚い人は犯行声明文のようなある種整った字を「書き続ける」ことができない。なぜならいくら慎重に書こうと思ってもそれがかなわない為、最初の10字ぐらいを丁寧に書こうと気を入れて書いてもすぐにだめだこりゃということになり、あとはいつものように書きなぐることになる。それはメモ書きにしろ履歴書にしろ同じことだ。大体において字が汚い人は変に意固地なのできれいに書こうとすることに馬鹿らしさを感じてしまう。というかいくら努力してもいっこうにきれいにならないので無駄な努力をしない。そのような人に「きれい」も「丁寧」もない。だから履歴書の字も汚い。

必要書類を渡したあとに算数と国語の筆記試験を受けた。算数は「3桁の掛け算」や「9月23日が日曜日なら12月24日は何曜日だ」とか「1ドル=○円、1ユーロ=△円なら、1ドルは何ユーロ」など難問ばかりだった。また制限時間のわりには問題数が多かったので苦戦した。国語は「杜撰(ずさん)」の読み方を答える問題などハイレベルなものが多かった。

その次は、作文だった。これがまた難問だった。お題は「社会的な価値観(企業)と個人的な価値観(自分)について答えてちょ(会社の考えと個人の考えが相反したらどうすんの?)」というものだった。こんな抽象的なお題をだされても困ると言うことでその場で選考を辞退しようかと思ったが何とか思いとどまり制限時間40分をかけてなんとか書き上げた。

その後山田さんと現場担当の永池さんの面接を受けた。まず永池さんが具体的な業務内容を説明してくれた。それにたいして私が質問をすることで、私の調査員・取材者としての力量を図るというものだった。その横では山田さんが算数・国語・作文の採点を行っていた。私は永池さんによる面接を受けている時も、ちらちら山田さんの表情を覗っていた。算数・国語はまあまあできていたので心配していなかったが(結果は両方とも80点/100点ぐらいだった)、作文は正直ぜんぜんダメだった。しかもそのダメさがちょっと違った意味でダメであったのを自分でも理解していた。

永池さんが業務内容・研修内容などを一通り説明し私が逐一質問する面接はほぼ完璧にできた。なぜなら私は前職で取材者のようなことを経験していたからだ。永池さんは思わず山田さんに「この人はできる」とうなり声を上げた。公平にいって面接に関してはかなりうまくいったとおもう。

その後、永池さんが山田さんに「なんか質問ある」と聞くと山田さんは「いや確かに取材・調査の能力はあるように思われるよ。ただ、この作文がね〜、ダメだよこれ、こんなこと書いちゃ、こんなの社長に見せらんないよ、人事の私のところで止めときたいねこりゃ」といった。私はそれに対して「いや〜私もそう思います。はは、おっしゃっている意味がよ〜く分かります、実は」といった。山田さんは「大きな問題が二つある。一つは字がめちゃめちゃ汚いこと。これを社長に見せることはできない。二つ目は内容がぜんぜんダメだということ」といった。字が汚くて内容が全然ダメとは要するに全否定を意味する。山田さんは怒るというよりも呆れ返っていた。山田さんは永池さんに「読んでみ」と作文のコピーを渡したが永池さんは一瞥するだけで「いやそれは山田さんに任せる」といった。おそらく字が汚すぎて度肝を抜かれたのだろう。

内容に関しては個人情報保護及び自己弁護の観点からここに詳しくはかけないが要約すると、次のような感じだった。

・ 個人に比べて企業(社長)のほうが断然力が強大だから、そのようなものに立ち向かうのはばかげている。文句をいってクビにされたら元も子もない。前職においてはワンマンの社長が次々に従業員を粛清した。私はそれをただ傍観していた。ただ、ものには限度がある。だから私は社長に意見した、ということはない。静かに自分から身を引いた。
「なぜならそのようにひく事、つまり小さな敗北感を抱くことこそが『会社』で生きていくことだからだ。迎合し取り込まれるのが最善の策だ。」(「」内は原文のママ)

山田さんには「何文句ばかりいってるの。結局社長がワンマンだから自分は何も言わないで無言の抵抗をしたって話? ってそんなこといったらうちだってめちゃくちゃワンマンだよ!」と怒られた。

そのようなわけでこの日の面接及び筆記試験は万事うまくいった、とはいい難いがいい経験を積むことはできた。

また私がなぜ就職できないのかもわかった。その部分を改善することで就職への道が近づく。これは大きな収穫だ。

私は帰宅後すぐにPCに向かった。

グーグルで「ユーキャン ペン習字」と検索した。

私は一歩前進した。これは人類全体にとっては小さな一歩かもしれないが私個人にとってはとても大きな一歩である。

2007-11-28「撤退7」
【前回までのあらすじ】

「字が汚いから就職できない」ということが分かった私は、通信教育できれいな字の書き方を学ぼうと決心した。

「字の汚さは関係ないのでは?」と自問し、「だな」と私は思った。

先日受けた会社の課題作文では、字の汚さよりもむしろ内容のほうに問題があった。そのことには薄々気が付いていたが、わざと気が付かない振りをしていた。しかし現実を直視しなければ前には進めない。内容のほうに問題があったので、これを改めなくてはならない。

実はあの作文を書いた会社の選考に関しては、後日社長・役員面接を受けた。というのもあの日の面接の終わり間際に人事担当の人から、「社長面接に進めるように私が取り計らう。今書いてもらった作文も見せるより仕方ない。ただこれとは別に(手書きではなく)PCで書き直したものを社長面接の日に提出しろ。その時に『本当はこのような内容のことを言いたかったんです』といえ」といわれた。私は「わかったいう」といって、後日書き直したものを持参し社長・役員面接に臨んだ。

結果、内定をもらった。社長・役員面接を受けたその日に人事の人から、12月から働いてよといわれた。
社長・役員が慧眼だったのが幸いした。私は心の中で「いい人材採ったね」と呟いた。
公平に言って、私のような大人物と接するのは社長・役員クラスでなくてはならないと思う。下っ端がいくら私の能力を測ろうとしても、彼らでは見誤る可能性が高いからだ。

作文に関しては社長から「90点」といわれた。おそらく90点満点だったのだろう。内容はここには詳しく書かないが、大体次のような感じだった。

テーマ=社会的な価値観と個人的な価値観について

「社会(企業)的な価値観とは常識とか秩序みたいなもんでしょ。で、これは成熟した人間はぜってーに守らないといかんでしょ。だってそれを守んなきゃ社会から排斥されるよ? いいの? じゃあそれなら個人的な価値観は押さえつけられ消し去られるわけ? って実はそうはならんわな。だってもし会社が個人の集まりならさ、社会(企業)的な価値観ってのは個人的な価値観の集積ってわけじゃん? 言い換えるとさ、個々人の考え・理念・価値観の重なり合う部分が社会(企業)的な価値観ちゃうん? であれば、個人の進歩というのはつまり企業の進歩って感じにならないか? って実は、2つは対立項やないんや! 2つは連関しているんや! 2つを尊重することで企業も個人も発展していくんやないか!!!!うひょーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!」

後日私は内定を辞退した。
理由は次の通りだ。?多忙そうだから?残業代がでないから?社長の息子が要職についてるから?前の会社と同じにおいがしたから(ブラック企業)?私を採用したから


上記の文章を読めば、1年半前の私がどれだけ素敵な求職者だったかがわかるだろう。
付け加えておくと、紆余曲折の末、私は一度断りを入れた上記の企業に入社した。そして2か月で退職した。今考えてみても、なぜあの会社に入社したのかがわからない。単純に「若かったから」では説明が付かないように思う。当時の私には破滅主義的なところがあったのかもしれない。
とにかく現在の私は、当時のような無謀なことをしないだけの分別は持っているつもりだ。それだけ成長したということだ。
ただ、未だに「ペン習字」の講座は受講していない。だから私の字は今も悲劇的に汚い。