27歳男、リーマンショック後にエアー出勤をする㉔

『前回までのあらすじ』
初心を取り戻すため、かつてエアー出社をしていた桜木町・関内エリアを再訪しようと決めた私は、早速その地に赴いた。




私は以前と同じように自宅から歩いてニュータウンの街まで行った。さすがにスーツを着る気にはならなかった。寒い冬や温暖な気候の春なら話は別だが梅雨の明けた今の季節にスーツで街をほっつき歩く気にはなれなかった。朝の9時過ぎに家を出て、10時ごろには目的の駅に着いた。そしてかつてと同じように、駅の中にあるマクドナルドでコーヒーを飲んだ。
2時間ほど読書をしたあと、地下鉄に乗って関内駅に向かった。関内駅から歩いて10分ほどのところにハローワークがある。せっかく、電車に乗って遠くまで来たことだし、少し求職活動でもしようと思って建物の中に入ったが、そこはカオスだった。ハローワーク内は求職者たちでごった返していた。求人検索機の利用待ちは20人を超えていた。私は、求人検索を諦めて建物の外にでた。道路を挟んで向かいにあるらんぷ亭で牛丼を食べた。かつてエアー出社していた時も、この店でよく牛丼を食べた思い出がある。懐かしさが込みあげてきた。滂沱の涙が出た。

次に向かったのは、イセザキモールだった。そこにある漫画喫茶ではよく3時間パックを利用した。1000円程度で3時間も時間を潰せるというのは、かなりコストパフォーマンスが良いように思われた。イセザキモールにある漫画喫茶は、倉庫地区で働く日雇い派遣が多く生活しているようだった。いわゆる「ネットカフェ難民」だ。また、日雇労働者のおじさん達もよく利用しているようだった。そのためか、店内のリクライニングシートにはホームレスの人たち特有の臭気がしみ込んでいた。店員は、定期的にアルコールで消毒しているようだったが、しみついてしまった臭いは簡単には落とせないほど強いものであった。
私は漫画喫茶で1時間ほど涼んだ後、黄金町のミニシアター「ジャック&ベティ」まで歩いた。この映画館は、木曜日がメンズデーとなっており、1000円で映画が鑑賞できる。また2本立てのプログラムもあるため、通常の映画館で映画を観るよりも、はるかに安い値段で映画を観ること、すなわち時間を潰すことができる。桜木町〜関内エリアに生息するエアー出勤者たちには、ぜひ利用してもらいたい施設だ。
この日はあまり映画を観る気がしなかったので、映画は見ずに野毛の方に向かった。野毛には中央図書館がある。図書館の館内は、冷房が効いており、ソファーや個人利用の机もあるため、読書や勉強をする人たちにとっては非常に過ごしやすい。そして、図書館をなによりも重宝しているのは、ホームレスの人々だ。彼らは、雨風や暑熱を逃れるために図書館に入り浸る。彼らの大半は、ソファーで眠りこけるか、スポーツ新聞を読んでいるかのどちらかだ。読書をしている人は少数だとおもう。中央図書館の1階にはそのような人々が多くみられる。そのためここも彼ら特有の鼻をつくにおいが充満していることがある。

中央図書館から桜木町駅まで歩き、そこから地下鉄に乗ってあざみ野駅まで行った。あざみ野駅からは、スーパー銭湯「湯けむりの里」行きの送迎バスが出ている。かつて冬の寒い日にエアー出勤していた時に、冷えた身体を温めるために利用したことがあった。あの時と同じように午後5時過ぎに「湯けむりの里」に着くようなバスに乗った。冬に来た時と同じように、平日の夕方の時間帯の銭湯には、あまり入浴客はいなかった。老人が多く目についた。体と頭を洗った後に野外に出た。空はまだ日の入りには時間があるようだった。露天風呂には2,3人の客しかいなかった。私は客のいない方の風呂に浸かった。世の中の勤め人たちが、あくせく働いている時間に私はこうしてスーパー銭湯の露天風呂でお湯を頂いている。今年の1月に来た時は、お金では買えないような豪奢な時間を過ごしていると思ったものだ。私は、かつてこの風呂で味わった快楽を感じようと風呂の淵に頭をのせ、空を仰ぎ見た。

あれ、と私は思った。なんか違うぞ、と。もはや何の感興も沸いてこなかった。
むしろ、自分に対して不甲斐ない思いを感じ始めていた。私はなぜ今日、桜木町・関内エリアを散策したのだろう。どうして平日の夕方に露天風呂に入っているだろう。そんなことをする暇があるのなら、就職活動をしろと私は自分に言い聞かせた。「初心」って一体何なんだ。そんなものあるかいな。fuck off!!
入浴料とタオル代で1000円以上もかかった。漫画喫茶代や地下鉄代を合算すると2000円強の出費だ。無職者には非常に痛い出費だ。私は己の愚かさを嘆いた。どうして私はこんな無駄な時間を…。私は逃げるように風呂から上がり、脱衣場で服を着替えた。往路と同じように送迎バスに乗り、あざみ野駅まで向かった。今回の感傷小旅行が何の意味もなかったことを悟った私は、これ以上交通費を出費したくなかったので、あざみ野駅から徒歩で自宅に帰った。夕暮れとはいえ、40分以上も歩いたため、シャツやパンツが汗でびしょびしょになった。帰宅するとまたすぐに風呂に入った。1時間で2度も風呂に入ったことになる。もう「初心」とかどうでもいいと思った。相変わらずの意味不明な一日だった。明日からまた気持ちを入れ替えて求職活動にのぞもうと思った。