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27歳男、リーマンショック後にエアー出勤をする㉑

『前回までのあらすじ』
前回「前回のあらすじ」を入れなかったことに気が付いた私は激しい後悔の念に襲われていた。でも、それでいいと思った。なぜなら、どうでもいいことだから。



私は激昂していた。今にも面接官に殴りかからんとしていた。すべてを失ってもいいと思った。目の前の下劣な面接官を引きずり倒し、マウントポジションから顔面を連打して、そのあと鼻先に放屁してやろうと思って、止めた。
私がなぜ面接官に放屁しようとして止めたのかというと、これこれこういうわけでしかじか。


ある企業の採用面接を受けに青山まで行った。業種は出版、職種は編集・校正、社員数は30数名。
面接は談話室のようなところで行われた。業務スペースとは間仕切りで仕切られているだけの、簡易なものだった。面接官4人と私の計5名が長テーブルを囲むように座についた。面接担当の社員は、フランクな人間ばかりだった。服装が私服ということに加え、年齢が若いこと、話ぶりなどが私を落ち着かせた。私の対面には、入社後に新入社員の面倒を見る予定となっている若い女性が座った。その隣には、面接担当者の中では唯一の役員である専務(男性)、私の右手側には、30半ばぐらいの男性、私の左手側には30代前半の男性が座った(この人が進行役だった)。

いつものように、まずは簡単な自己紹介から行った。大学を卒業して数か月ふらふらした後に、出版社に入社、そこで2年間勤めたこと。その後、調査会社、卸業者で働いたこと。今年に入ってから就職活動を始めたことなどを話した。

自己紹介を終えると、進行役の男性が私に質問してきた。それぞれの会社についての退職理由、なぜ毎回異業種への転職をしているのか、現在の活動状況、志望動機など、今まで何度となくされてきた質問だ。私はいつものように、いつも違う退職理由やその場で適当に思いついた活動状況などを述べた。相変わらずの綱渡り面接だったが、毎回感じるようなスリリングな快楽を享受できた。これが面接の醍醐味だろう。

40分ぐらいたったところで、面接は終局に入りつつあった。進行役の男性が3人の社員に、他に何か質問はありますか?と話を振った。そしてそのような時に振られた方が必ずするリアクションをした。つまり、下を向いてもじもじし、少しだけ考えるふりをして「…いやぁ、大丈夫です」と力なく答えた。このような時、私は非常に残念に感じる。集中してよ。こっちだって質問事項をなんとかひねり出してるんだから。何か質問してよ。


面接官らが、質問は特にないと言って面接が終わろうとしていた矢先、専務が興味など微塵もないような素振りで、私の保有資格について質問とも感想ともつかない声を出した。
「初級シスアドを持っているんだねぇ」
私はそれに対して、懇切丁寧に答えた。
「ええ、それはですね、実は大学4年の春に早い段階でIT系企業から内定を頂いておりまして、しかし私は出版関係の会社に勤めたいと考えておりましたので、内定を頂いてからも就職活動を継続してやっていました。その関係で、同期で入社する予定となっていた他の学生が、会社に出向いて受講していた入社前研修にほとんど参加できませんでした。その埋め合わせとして、独学で初級シスアドを取得すべく学習に励み、なんとか資格取得に至りました」
なぜIT関連の資格を持っているかについて悪くない説明を果たせたと思った。

しかし相手はそうは思わなかったようだ。なぜ内定をもらっていたのに、その会社に入社しなかったのかが気になったようだ。それに対して私は次のように説明した。
「確かに、出版社からの内定がもらえなかったのなら、内定をもらっていたIT企業に入社するのが当然でしょう。しかし私はずっと前から出版社に入社したいと考えていたのです。ですから、決まっていた内定を辞退してまでも、出版社への入社に拘ったのです」
これでいいと思った。「マスコミ業界に拘泥する学生」といういかにもいそうなキャラを、面接官は思い描いたに違いない。「ああ、そういうタイプ?」と思ったはずだ。現に、専務以外の若手3人衆は、ああ、ふ〜ん、なるほどといった表情をしていたように思う。しかし専務は違った。


「……で?」
で?
で?って言われた私は困った。説明は十分果たしたつもりだ。内定をもらっていた会社の入社前研修に出られなかったから、その埋め合わせとして独学で資格試験の勉強をした。そして取得した。その会社に入社しなかったのは、出版関係の会社を諦めきれなかったからだ。それでいいだろう。何か不整合があるのか。私は再度、丁寧に説明しなおした。2回目の説明を聞いて専務は言った。
「……で?(笑)」
私は苦笑した。彼は一体何がそんなに気に入らないのだろう。たった今説明した通りだ。それ以上付け加える気はないし、付け加えられない。私が無言でいると、専務が言った。
「いやいや…え? ちょっと待って。内定をもらっていた会社があったんだよね?で、そこに入社しないで、他に内定がないのにも関わらず、大学を卒業した。そして数ヶ月後に出版社に入社した。なんで?」
私はいよいよ専務に片足タックルを仕掛けるタイミングを見計らっていた。
左足を取り、そのまま地面に押し倒し、身体を素早く移動させてマウントポジションを取る。そのあとは殴打やデコピンや放屁など好きなことができる。しかし私はそうしなかった。何といっても今は企業の採用面接だし、それに私もいい年をした大人だ。さらに言えば、相手はソファーに座っている状態だ。そこにタックルを仕掛けてもミスになる可能性が極めて高い。私は自重した。そして私は3回目の弁明を試みた。3回目は少し趣向を変えた。つまり専務がなぜ何回も「で?」を繰り返しているのかというと、それはおそらく言い訳の整合性を問うているわけではなく、入社する予定でいた内定先企業を直前で辞退するというのは道義的にどうなの?ということを言いたかったのだと思う。
だから3回目は、「内定をもらっていた会社や人事の方には、大変ご迷惑をおかけしました。非常に申し訳なく思っております」と殊勝なトーンで弁明した。自分は未熟だったと認めることで、あの時よりも成長していることを印象づける作戦だ。これですべてがうまくいくかに思えた。しかし、全然そんな事にはならなかった。
専務は全然納得していなかった。得意の「で?」のフレーズは出なかったが、腕組みをしながらしきりに首をひねっていた、半笑いで。私はそろそろ我慢の限界に達していた。なぜ彼は学生時代の内定辞退に対してそこまで必要に攻め立てるのか。私が嘘を言っていると思っているのか。内定があったのにも関わらず(しかも関連資格を取得しているのにも関わらず)、新卒でどこにも入社しなかったことに対して疑問を感じているのだろうか。不快だった。そこまで人を疑う人生で愉しいの?と思った。キレる一歩手間だった。人を嘘つきのような目で見るとは何て失礼な奴なんだ。ふざけるなっ! 手前! 人を低能呼ばわりしやがって。自分を何様だと思っているんだ。尊大な奴め、高みから人を見下しやがって。会社の専務がそんなに偉いのか、面接官は求人者にとって神様か。ふざけるのも大概にしろよ。私が何をしたっていうんだ。人を盗人みたいな目で見やがって。これで私が職歴詐称をしてなかったら裁判沙汰だったぞ!

私はドキドキしていた。いつもと違う職歴で臨む初めての面接だった。就活が思うように行かないことに焦燥感を感じていた私は、自己変革の一環で自分の職歴にアレンジを加えていた。具体的には、今まで職歴欄に記入していた3社のうち1社を、別の就業経験のある会社に変更し、以前よりはやや見栄えのする職歴にした。
(変更前)
A社※新卒:経験1か月
B社:同2年
C社:同2か月
(変更後)
B社:同2年
C社:同2か月
E社:同4か月
どうだろう、1か月、2年、2か月よりも2年、2か月、4か月のほうが職歴としては上のように思えないだろうか。さらに、新卒で入社した会社をわずか1か月で辞めてしまった汚点もなかったことにした。

面接では、内定をもらっていた会社を“直前”で入社辞退したと話した。これは入社前に辞退したとも取れるし、4月に入って一度も出社せずに退職に至ったというような解釈もできる(かなり無理があるが…)。とにかく、触れた。重要なのはその事実だ。付け足したE社に関しては、正社員登用予定で入社した会社を試用期間のうちに辞めたところだ。これについては職歴に付け加えることも端折ることもできる、着脱可能企業であるため、何の問題もないはずだ。

専務は、納得していなかった。半笑いで、う〜んと唸っていた。流石に役職に就く人だけあって勘が鋭くてらっしゃる。しかし、そろそろ赦してやってもいいように思う。なぜなら目の前にいる求職者はすでに戦意を喪失しているからだ。職歴詐称はばれてないだろうが、何やら道義的に問題のあることをしでかした経緯があるようだ。そう思われてしまった瞬間、求職者は死んだといっていいだろう。彼は惨敗を認めている。死者を弄んではいけない。
面接の雰囲気は異様なものになっていた。専務が一人納得のいかない表情をしていた。求職者は、下を向いて「早く帰りたい」と呟いていた。では、他の面接官は? 彼らもまた求職者と同じように、このどうしようもない場から解放されたがっていた。彼らは一様に無言を貫いていた。全員気まずい思いをしていた。まるで先生に怒られているダメ生徒(求職者)と共犯者の友達(若手面接官3人)といった感じだった。そう、私と若手面接官の間には、不思議な連帯感が芽生え始めていた。

専務が半笑いで唸っていた。数十秒間それが続いた。私は、どうにかその場を繕うべく、消え入りそうな声で、内定辞退した企業への謝罪のようなことを口走った。ほぼ、意味不明だった。いうべきことが他にあったのか、今もよくわからない。就活マニュアル本通り、過去のミスに対して深く自省し、現在の自分は社会で少なからぬ人生経験を積み、様々な人々と付き合う中で、人を敬愛し、尊敬し、衝突し、誤解し、疑い、赦すことで人としての器を磨いてきた。あの時の自分とは違うんです、と言えばよかったのだろうか。何かが違うと思った。それもそのはずだ。そもそもが拵えた経歴だ。嘘の経歴だ。内定を辞退した不義理な自分など、いない。頭はパニック状態だった。気まずい雰囲気が流れ続けていた。私は、気持ちを落ち着かせるために、煙草に火を点けようとした。しかしすぐに面接中であることを思い出した。いや、そもそも煙草を吸う習慣などないのだ。私は気が動転していた。もう帰りたいと思った。

専務はひたすら唸っていた。ここまで底意地の悪い人もざらにはいまい。我が同志たちも専務に対して腹を立てているように見えた。しかし彼らは、上司である専務に対して意見を申し立てるような素振りは見せなかった。仕方ない。専務と同じように、私に突っ込みを入れてこないだけ、彼らは良心的だと思うしかない。
やがて専務の唸り声も聞こえなくなった。ほとんど完全な沈黙だった。おそらく私が、再度何か釈明をしなければならなかったのだろう。しかしそれはできなかった。私は完全に不貞腐れていた。面接中にソファーで不貞寝をしたくなっていたほどだ。しかし私が何かを言わなければこの雰囲気を打開できない。この面接を終わらせなければ。そう思った矢先、私の右側に座っていた若手社員の中でも年長であると思われる男性社員が、この面接で初めて口を開いた。
「・・・・うん!!」
私はかつてこれほどまでに優しい男を見たことがなかった。彼は目一杯息を吸い込み、その場に漂っているすべての憂鬱を「うん!!」という一言で振り払った。
「うん!!もうわかったから、君のことは全部わかったからさ。ミスは誰だって犯すさ。次に生かそうよ!!ガンバ!! はいこれでお開きね!!」と言ってくれたのだと思う。
その「うん!!」が呼び水になった。進行役の社員は間髪を入れず、「それではそろそろ…」と場を散会させようとした。それを聞いた女性社員は相好を崩した。専務は納得がいかない表情であった。しかし進行役が、選考結果の報告日時等について話し始めると、専務は諦めたのかそれ以上詮索してこなかった。

いつにも増してタフな戦いだった。「新職歴」で臨む初面接ということで、予想以上に苦戦した。この失敗を糧に次回以降は、もっと頑張ろうと思った。
今回は、専務に資格について触れられただけなのに、焦って長々と「お話」を喋り始めたところに陥穽があった。聞かれていないのに、ペラペラとそれらしい「お話」を喋ってしまうとは、ヘタな嘘つきの典型だ。
私もまだまだだなと思い、微苦笑した。
次回はしっかり嘘をつき通したい。