読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

27歳男、リーマンショック後にエアー出勤をする⑱

社内ニート 転職活動 2009年エアー出勤

『前回までのあらすじ』
就職先が決まらない私は、訳のわからない「法則」を考案するなどしておちゃらけていた。




先週の水曜日、私は友人と3人で卓球をしていた。
『横濱卓球倶楽部』の部長である公太郎君(27)、平部員の卓男君(27)はともに無職だ。無職男性3人が平日の昼間にスポーツセンターで卓球をしている。清々しい情景が想像できるというものだ。
この日も、15:00から主にゲーム形式の練習を行った。今回が3回目の練習だ。初回に比べ、皆がレベルアップしている。公太郎君は、無職のくせに天井サーブがうまい。成功率90%以上のそのサーブは、相手の手元で急激に変化する魔球である。また卓男君は無職であるのにもかかわらず、回を追うごとに飛躍的に卓球技術が向上している。初回の練習では、公太郎君や私に手も足も出なかったのにもかかわらず、最近はほとんど互角に渡りあっている。私もそんな2人に負けじと練習を積んでいる。成功率20%の天井サーブは、90%以上の確率でレシーブされるようになった。無職であるのにもかかわらず、だ。

2時間の練習では、11ポイントマッチを数回繰り返した。サーブを練習する者、カット技術に磨きをかける者、スマッシュを繰り返し打つ者などそれぞれの選手が得意技の完成度を高めていた。皆が集中していた。卓球に没入していた。
しかし、私は一人卓球に集中できずにいた。心ここにあらず、といった心情であった。
「今日で卓球部ともお別れだ」と感傷的になっていた。
公太郎君の天井サーブが私のコートに飛んできた。私はそのサーブを打ち返した。しかし変則的な回転がかかっていたため、打ち返したボールが手前のネットに引っ掛かる。相手のポイントだ。私は少しだけ悔しい思いがした。しかし次の瞬間こう思った。
「確かに公太郎君はサーブポイントを決めた。しかし私は就職先が決まっている」
卓男君との長いラリーが続いた。私の集中力が先に切れた。強く打ちすぎてしまったボールがコートをオーバーした。卓男君のポイントだ。私はしまったと思った。しかし心の中ではこうも思っていた。
「そのポイントは卓男君への置土産だ。就職しても私のことを忘れないでくれ」

練習終了後、近くのファミリーレストランでミーティングを行った。
注文したピザは2枚とも薄っぺらく、味付けもチープなものだった。皆が口々に文句を言っていた。そんな中私一人だけが鷹揚としていた。ピザの生地が薄くてもそれはそれで良い。間の抜けた味付けでも問題ない。なぜなら私は就職が決まっているから、そんな事には一々頓着しないのだ。
ミーティングでは、先ほどの練習の反省や次回の練習日について話し合いがもたれた。
卓球の話題がひと段落したところで、私は就職のことを切り出した。
「今週の月曜日に受けた面接の手ごたえがすこぶる良い。多分採用される。明日(金曜日)連絡が来ることになっている」と私は2人に告げた。
もし私が採用されたら、次週以降は卓球の練習ができなくなる。なぜなら、横濱卓球倶楽部の活動は、平日の昼間に行うことが規則として決まっているからだ。土曜日や日曜日に卓球をやるのは勤め人たちだけだ。私たちはそのような人たちと一線を画すことで、自分たちの存在意義を見出してきた。週末にやるくらいなら、卓球などやらない方がましだ。

就職が決まりそうだと告げた時、私は2人の顔を正視できなかった。おそらく2人は、沈鬱な気持ちになっていたと思う。結成以来3度の練習で、卓球の技術は飛躍的に成長した。また昼間に卓球をやることの素晴らしいも感じていた。それはとても贅沢なものだった。その集いが、本日をもって終わりを迎える。多分、2人は泣いていたと思う。表面上は平静を装っていた私も、心の中では滂沱の涙を流していた。

ミーティング後は、公太郎君の車でスポーツショップに行った。そこで公太郎君がラケットのケア用品を購入した(ラケットはすでに購入済み)。
その後、卓男君はスポーツショップから徒歩で帰宅した。別れ際、私は卓球で友情を深めた卓男君に「さようなら」と言った。卓男君も「さようなら」と言った。

卓男君と別れて、私は公太郎君と2人で近くの蕎麦屋に行った。そこで食べたうどんがまた何の取り柄もない、低劣なものだった。公太郎君は、卵やコロッケなど様々なものをトッピングに加えた。そのため総計が1000円を超えた。こんなものが1000円もするのかと、公太郎は憤りを覚えていた。しかし私は一人気持ちが落ち着いていた。たしかに目の前のうどんはうまくない。しかし私は就職が決まっている。それでいいではないか。ほかに何を求めるというのか。
帰りは公太郎君に自宅まで送りとどけてもらった。私は公太郎君に「さようなら」といった。公太郎君も私に「さようなら」といった。



翌々日、私は朝から落ち着かなかった。内定の電話がいつ来るとも知れず、携帯電話を握りしめて吉報を待っていた。就職が決まれば、3/30(月)から出社ということになるだろう。かなり急展開だが、今まで3か月も無職生活をおくってきたのだから贅沢など言っていられない。ただ、毎年行っている鎌倉への花見に、今年は行けないかもしれないなと残念に思った。3/30以降は、平日は仕事で忙しく週末は疲れた体を休めることになるだろう。しかしそれはそれで良しとしよう。だって間もなく私のところに内定の連絡が入ってくるのだから。


土曜日になった。おそらく、昨日はいろいろと業務が忙しく、私への電話連絡ができなかったのだろう。1日ぐらい連絡が遅れたぐらいで動揺する私ではない。おそらく週明けに連絡が来るのだろう。面接時に、「採用ならば金曜日に連絡を入れる。不採用ならば書類を返送する」と言っていたが、スケジュールが変更になった可能性も考慮に入れなくてはならない。もしかしたら金曜日の夕方にも別の求人者との面接があったのかもしれない。この場合、金曜日と週末、月曜日ぐらいを費やして選考を行うとも考えられる。いかに私が有望な人材とはいえ、折角書類選考を通して面接まで行ったのだからその人も一応は、選考の俎上に載せないわけにはいかない。
「金曜日に連絡する」と言っていたが、これももしかしたら私の方で勘違いがあったのかもしれない。というのも、面接官は確かに「金曜日」と言っていたが、3/27(金)とはひと言も言っていなかったような気がする。もしかしたら4/3(金)かもしれないし4/10(金)かもしれない。たとえ、週明けの月曜日に連絡がこなくても落ち込むことはない。気ままに待とうではないか。とりあえず、月曜日は鎌倉に花見に行こう。
私は、最後まであきらめない。






P.S.
来週の卓球の件、参加できます。