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27歳男、リーマンショック後にエアー出勤をする⑰

エアー出勤 2009年エアー出勤

『前回までのあらすじ』
数十日間に及ぶエアー出社を乗り切った私であったが、未だに就職を決められずにいた。就職が決まらないのは、自分の職歴や外貌などに原因があるのではないかと思い始めていた。



就職が決まらないのは道理だと思った。私の履歴書や職務経歴書を見れば、誰も私を採用するはずがない。27歳で5度の離職を経験。しかも在職期間は、1社目が1カ月、2社目が2年、3社目が2か月、4社目(アルバイト雇用)が2か月、5社目(試用期間のみ)が4か月。根気や忍耐力、継続力がないと思われても仕方がない。何か困難なことにぶち当たるとすぐに投げ出してしまう人間だと思われてもこちらは何も言い返せない。
またそれらの会社で経験した職種は、それぞれプログラマ、新聞記者、調査員、編集、在庫管理とまったく一貫性がない。そして最近応募した職種も、総務、非破壊検査エンジニア、コーヒーショップ店長、測量士などバラエティに富みすぎている。一つのものに打ち込む気などさらさらないのではないか。
職歴以外でも、私の相貌や佇まいなど批判される要素は多数ある。私は福山雅治氏のような美麗な容貌ではないし、木村拓哉氏のようなワイルドさとも程遠い。では逆にジョージ・クルーニー氏似かと問われても、素直に首肯できない。かといって速水もこみち氏のようなすらりとした体躯でもなく、真田広之氏のようながっちりとした身体つきでもない。
また芸能や語学面などで特異な才能を有しているわけでもなく、面接で人事担当者を唸らせるような弁舌をふるえるわけでもない。
そのような私が面接に行っても、人事担当者のお眼鏡にかなうわけがない。彼らの目には私の姿が物乞いのように映っているに違いない。
そう考えるとこれから先就職活動を続けていくことは困難なことのように思われる。これ以上続けても結果は見えている。どの会社も私を採用するようには思えない。私が苦労して作成した履歴書や職務経歴書、送付状などを一瞥しただけで突き返し、私はそれを手で破りゴミ箱に放り投げる。これではゴミが増えるだけではないか。地球環境にもはなはだ悪い。最近プリンターのインクの減り具合が異様に早かったのはこのせいだったのか。
私は人生の落伍者なのではないか。どこを探しても魅力ゼロのダメな人間なのではないか。私には就職活動をする権利すらないのではないか。私には価値があるのかないのか、何度も自問した。煩悶し、思い悩んだあと、「あるよ」と思った。

履歴書を見ていた時、そのことに気づいた。今まで弱点としか思えなかった私の職歴が、実は美点であるとわかり私は小躍りしたいような気分になった。それを発見してからは自分を卑下するのをやめた。これからは自信を持って求人に応募できるし、面接にも堂々とした態度で臨めると思った。今までの自分に誇りを持てるようになると、外見の美醜や保有資格などは皮相的なものに過ぎないことがわかった。むしろ、外見の良し悪しなどは主観的なものであるから、一概に長所とは言えないと思う。福山氏に対して好印象を持つ人は多数いるだろうが、彼に対して敵意を持つ人も多くいるだろう。世の中のすべての女性が木村拓哉氏と結婚したいと思っているわけではないだろう。むしろ木村太郎氏に男性的な魅力を感じている女性も数多く存在していることは安藤優子氏を見ていればわかることである。同様に、速水氏、真田氏の方が美的に優れている、男として優れているとは言い切れない。私が彼らとほとんど共通点がないとしても、誰も私を非難するなどできない。ましてやジョージ・クルーニー氏など! そもそも人種が違うではないか。的外れな非難もいいところではないか。迷惑だ。

逆に、私の魅力は普遍的だ。私の魅力は数学的に正しいと思う。その規則性は美しいとさえ言えるように思う。その美しさをもっと多くの人に知ってもらいたい。

私の履歴書の「職歴欄」には次のような記述がある。
平成17年4月 A社 入社
平成17年4月 A社 一身上の都合により退社
平成17年11月B社 入社
平成19年10月B社 一身上の都合により退社
平成20年1月 C社 入社
平成20年3月 C社 一身上の都合により退社

※ひとつ断わっておくと、C社の後に勤めた出版社(D社)はアルバイト雇用であったため、履歴書には載せていない。またその後勤めた卸売業者(E社)も試用期間中(=アルバイト)に辞めたので履歴書には載せていない。

数字に強い人間が見れば上記の職歴の規則性に、おやっと思うはずだ。人事担当者や役員は、会社経営に携わるポジションにいるのだから数字に強くなくては困る。私の職歴を見て即座に、私の「将来性」を見出してほしい。
とはいうものの、シロウトが私の職歴の美しさを即座に見抜くのは難しいと思う。なにせ私でさえ、そのことに気が付いたのはつい数時間前なのだから。
上の職歴欄にある様に、私は新卒で入社したA社を1か月、B社を2年、C社を2か月で辞めた。1か月、2年、2か月という数字を月数に変換すると、見通しがグッとよくなる。
(1か月 24か月 2か月 □)
奇数項は、1,2と増加しているのがわかる。そしてこれはおそらく今後も倍加していくものと思われる。偶数項もまた―まだ第2項目しか数字がないからあまり確かなことは言えないが奇数項と同じ規則性を持つものと思われるため―倍加するというように考えるのが妥当なように思われる。すなわち次に正社員で勤める会社(□の部分)は、48か月(=4年)勤めることがあらかじめ予測できる。この法則を当てはめると、私が将来勤めるであろう会社での在職期間は次のようになる。

1か月、24か月、2か月、48か月、4か月、96か月、8か月、192か月、16か月・・・・。

これは非常に大きな利点だと思う。昨今、入社した会社を3年未満で辞めてしまう若者が一昔に比べ増大している。離職理由は、給料の安さ、仕事のつらさ、職種・職場の不一致など様々だが、どれも本人の甘さが原因であると私は思う。せっかく育てた新入社員が、一人前になったとたん辞めてしまっては企業の損失が大きすぎる。投下した教育資金を回収する前に新入社員が離職してしまうようでは、企業が採用に二の足を踏むようになっても仕方がないというものだ。
その点、私はノーリスクだ。なにしろ次に勤める会社では48か月(=4年)は辞めないということが数学的に証明されている。4年経ったら否応なく離職してしまうが、それでも数か月や1,2年で辞められてしまうリスクを考えれば、“買い”であろう。ノーリスク・ミドルリターンの私を採るか、ハイリスク・ノーリターンかもしれないかつての私のような若者を採るか、どちらを採用するのが得策かは賢明な人間なら考えるまでもないであろう。採用担当者が真っ当な人間であることを切に願う。

なお、上述した“法則”について、「突っ込みどころが満載だ」「突っ込む気にもなれない」など数々の批判が噴出するであろうことが予測されるが、私はそのような批判をする者たちにいちいち取り合わない。なぜなら、私と批判者のどちらが正しいかは、遅くとも4年数カ月以内には判明するからだ。その時になって自分の過ちを認めることが怖くないのなら、どしどし批判の声を寄せてもらいたい。ただ、もしもあなた方に優しさや思いやりが少しでもあるのなら、できればコメントは控えめな調子でお願いしたい。 <<前の日記へ 眞一の日記一