27歳男、リーマンショック後にエアー出勤をする⑯

『前回までのあらすじ』
だから、ないって言ってんだろうが!!




最近は平穏な日々を過ごしている。
エアー出社という苦行から解放されて3週間が過ぎようとしている。明日から新しい職場に出社するというような緊張感は皆無だ。同じ職場の人たちはどういう人たちなのだろう。社風は体育会系でなければいいな。やさしい先輩に仕事を教えてもらいたい。すぐ怒る人とは机を並べたくない。会社に掛かってくる電話に最初に出るのは新人の役目なのかな。お昼ご飯を外で食べる場合、一食あたり幾らぐらいかかるのかな。以前勤めた会社のある神田・お茶の水エリアは700円ぐらいだったから、そのくらいならば許容範囲だな。
いろいろと思い浮かぶべき不安や期待などがまるで湧いてこない。過去数度の転職では、初出社日は多少の緊張を覚えたものだが、今回はそんな気持ちが全然ない。自分でも不思議に思ってしばし沈思黙考した。そして合点がいった。そっか、まだ就職が決まってなかったんだ。うっかりしていたなぁと苦笑したあと少しく落ち込んだ。

3週間前、家人に次の就職先が決まったから今勤めている会社を辞めることになったとメールで連絡した。次の会社など決まっていなかったが、その時は何としてでもエアー出社をやめたかったので、後先考えずそのような早まったことをしでかした。ただその時は、まあ3週間以内には決まるだろうと楽観視していた。しかし現実はそう甘くなかった。
それでもその間、自分なりに東奔西走し八方手を尽くして、就職が決まらなかった時の言い訳というか逃げ道を作っておいた。そしてそれはおおむねうまくいったと思う。明日は朝5:00に起きてWBC「日本対キューバ」を視聴する予定だ。そしてそのあとはゆっくりコーヒーでも飲みながらサッカーリーガエスパニョーラ「A・マドリード対ビジャレアル」の試合を録画観戦するつもりだ。もちろん自宅で。そのあと気分がよければ一寸ハローワークに行くと思う。私がどうやってそのような快適ライフを勝ち取ったか、今日はそれをご説明したい。いつかエアー出社する日が来るであろう勤め人たちの参考になってくれればうれしい。

最初のメールのあと、私は「次の会社」の社名・就業場所・職種を家人にメールした。このメールを送ることで「次の会社」の存在感がグッと増し、信憑性も高まる。そして次のステップ。次のステップは、少しの幸運とそれを臨機応変に活かした私の柔軟性がものをいった。その幸運とは、自宅に「別の会社」からTELが入ったことだ。電話がかかってきたとき、私は不在でママンが応対した。電話の内容は、面接をしたいというものだった。この電話をママンが受けてくれたのがよかった。これにより、転職先が決まっているのにもかかわらず、まだ就職活動を続けていると思わせることに成功したのだ。そして私はこれはうまく利用した。家人に、「次の会社」よりも「別の会社」の方が、志望度が高いと匂わせたのだ。そして数日後、私は家人に対して、「志望度の高い『別の会社』からの返事を待っている。できればそちらに行きたいと思っている。ただ返事が返ってくるまでもう数日かかる。入社予定の会社には早めに断わりの連絡を入れなければならない。『別の会社』から連絡を受ける前に断わりの連絡を入れることになる。もし『別の会社』が不採用だったら、また一から就職活動をやり直すことになる」といった。
数日後、『別の会社』から不採用の連絡が入った。
このようにして私は、エアー出社を止めることと『次の会社(架空)』に入社せずに、自宅でゆっくりスポーツ観戦する権利を獲得した。
万事、うまくいった。さすがに私は賢いと思った。これならいつかまたエアー出社する時がきても、冷静に対応できるような気がする。

しかしそう何もかもがうまくいくはずがない。人生そんなに甘くないのである。
先刻、夕食の席で家人が話していた話題にヒヤリとさせられた。私は、他の人たちの話題に加わらず、いつもどおり「さんまのからくりテレビ」を食い入るように観ていた。おねえキャラである下地氏のお言葉に、何か生きるヒントがないか真剣に拝聴していた。とその時、家人たちの話題が私の耳に入ってきた。
家人のひとりが今日どこそこで誰それと待ち合わせをしたのだが、待ち合わせ場所に早く着きすぎてしまい、マックなどで時間を潰していたのだが、その時間は酷く苦痛なものだったとこぼしていた。そしてその話を受けて、別の家人が私に向ってこういった。
「本当に時間を潰すのって難しいのよね。眞一はどうやって潰すの?」
その瞬間、食卓の空気が一変したように感じた。もしやと思った。もしかして彼らは私が毎朝エアー出社をしていたことに気が付いていたのではないか。私がいつもファミレスや映画館や図書館で苦しい思いをしながら時間を潰していたことに気が付いていたのではないか。そして、もしかしたらこの話題を私に振ることによって、正直に打ち明けさせようとしたのではないか。家人の一人は、あからさまに同情の眼で私を見ていた…ようなきがした。私が早い段階で仕事を辞めていたこと、新しい会社から内定などもらっていないこと、志望度の高い会社に入社できる見込みが薄いことなど、彼らにはすべてお見通しだったのではないか。私の今までの転職人生の中で、彼らもまた多くを学び、多くのことを感じとってきたのではないか。いや、転職人生だけではない。私の27年間のほとんどすべてを知っている家人だから、私が嘘を付いていること、誤魔化していることに気が付きながらも、家族特有の優しさでそれを見て見ぬふりをしていたのではないか。ただ静かに見守ってくれていたのではないか。いやさすがにそれは考えすぎか…。
私は動揺しながらも、小栗旬氏と下地氏の競演に見入っているふりをし、家人の質問が耳に入らなかったことにした。番組終了後に、食器を片づけて階上の自室に戻った。
そしてベッドの上でさめざめと泣いた。