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27歳男、リーマンショック後にエアー出勤をする⑨

エアー出勤 転職活動 2009年エアー出勤

『前回までのあらすじ』
私は歩いていた。旅人だった。


すすき野にあるスーパー銭湯「湯けむりの里」に向かう送迎バスの車内には私を含めて4名の男が乗っていた。30代半ばくらいのサラリーマン風の男が1人。50過ぎの男が2人。みんな他人同士だ。平日の17:00過ぎにスーパー銭湯に向かうバスに乗っている奴らなんて間違いなく人生の落伍者たちだ。スーツを着ている30代半ばの男もどうせ職なしに違いない。私はなるべくそちらを見ないようにした。車外に目をやろうとして止めた。車窓にもう一人人生の敗残者が映っていたからだ。

17:10に「湯けむりの里」に着いた。入浴料を払い、タオルセットを借りると脱衣場に向かった。
コート、スーツ上下、ワイシャツ、鞄を入れるとロッカーは一杯になった。
シャワーの熱湯が、冷えた体に気持ちよかった。
露天風呂に入るために屋外に出た。完全に日が落ちていた。雨はやんでいた。素っ裸なので寒かった。すぐに湯船に浸かった。冷えた体が芯から温まった。今まで生きてきた中で、最高の入浴だった。

ここまで歩いてきた甲斐があった。
平日の17時半の銭湯は空いていた。露天風呂には子供と老人が2、3人しかいなかった。
土日の混雑した銭湯とは何もかもが違うような気がした。それは何も込み具合だけが理由ではない。この時間、通常の勤め人たちは就業中かあるいは1日の仕事を終え、ようやく帰宅の途についている頃だろう。しかし私はこうして露天風呂でお湯を頂いている。何と豪奢なひと時だろう。会社に勤めていた時には味わえなかったことだ。
湯から半身を出し、露天風呂に設置されているテレビをぼんやりと眺め、体が冷えたらまた全身を湯船に浸した。そして天上を眺めた。星空は見えない。それでいい。こんな贅沢な時間を過ごせているのだ。満天の星空をのぞむなど贅沢すぎるというものだ。

私は今頃汗水流して働いているであろう友人を思った。春夫、中尾彬、田中、大下、フラビオ、カジェンスキー、ポー、チェン君・・・・。結構なことだ。勤勉は善だ。ただ、彼らは知らない。小雨の降る町を1時間も歩き続けた後に辿り着いたスーパー銭湯で入る露天風呂の気持ちよさを。会社を辞めているのにも関わらず、スーツを着て会社に行くふりをするのは過酷だ。それを耐えしのぎ、やっとの思いで手に入れたこの桃源郷に彼らは入れない。なぜなら職業を持っているからだ。それだけの理由で彼らはここにたどり着けないのだ。
いいではないか。無職で。これで、いいのだ。こんな悦楽を味わえるのならば。priceless。この感じ、プライスレス。

風呂上りに、施設内の食堂で海鮮丼を食べた。お世辞にもおいしいとは言えなかった。マグロやサーモンは、猫の餌にもならないようなお粗末なものだった。でも、いい。それでいい。この気持ち、プライスレス。
帰りにユニクロで、ボクサーパンツと靴下を購入した。

こんな気持ちが味わえるのなら、今後も会社を辞め続けようと思った。辞めるのは冬がいい。冬の平日、長時間町を歩いて体をうんと冷やす。そして露天風呂に入る。そしてあの豪奢な時を過ごす。それを味わうためだけに、辞めよう。会社を辞め続けよう。
priceless。


プライスレス、プライスレスと繰り返したが、実際にはこの日様々な出費があった。
以下にこの日の支出を列記する。念のため言っておくと、この日の私の日給はゼロ円である。

交通費 640円
マックコーヒー 120円
ネットカフェ3時間 980円
昼食おにぎりセット 280円
湯けむりの里入浴料 600円
タオルセット 450円
ユニクロパンツ 980円
ユニクロ靴下 980円
合計金額5,030円

お金では買えないものがある、買えるものは失業保険で。