転職活動:A社の場合 2/3

【前回までのあらすじ】
目の前で面接官にペン回しをされるといった危機的な状況に陥っていた私だったが、持ち前の強いハートで自らを鼓舞し挽回を試みようとしていた。




その後、24ヶ月勤めた会社で経験した業務やそこでの人間関係などについていろいろと喋った。面接官はさすがにずっとペン回しをしていたわけではなく、この時点では(見かけ上は)普通に私の話を聞いてくれていた。まあ本来それが当たり前なのではあるが。

面接は中盤から終盤にさしかかっていた。具体的な職務経歴における質問が一通り済み、次に「仕事」や「生き方」など、より大きなテーマに沿った質問が行われた。
「働くことについて、あなたが重要だと考える5つの要素を答えよ」という質問に私は次のように答えた。
「まず一つ目は、“責任”です。責任の重さや軽さが問題なのではなく、個人個人その人に見合った、応分の責任を引き受け、その責任を最後まで果たすことが重要です。二つ目は、“興味”です。自分のやっている仕事や所属している会社、業界について、またその周辺の物事すべてにおいて常にアンテナを立てておくことが重要です。その対象について考えつづけることにより、より一層そのことについて理解が深まると思います。三つ目は仕事の他に“趣味”を持つことです。先ほど、その対象について常に意識することが重要だと述べましたが、四六時中そのことを考えつづけるのは現実的に不可能であるばかりでなく疲れてしまいます。たまにリフレッシュし距離を取るのも良いと思います。対象から離れることで見えてくるものも時にはあるでしょう。仕事と趣味を両輪にうまい具合にバランスを取るのが良いでしょう。四つ目は、“チームワーク”です。仕事は1人では出来ません。同じ部署の仲間、上司に加え、社内で普段あまり接点のない人ともなるべくコミュニケーションをとるのが良いでしょう。また取引先の人たちにも親身になって接することで、業務を円滑に進めることができると思います。5つ目は……、えっと、最後はですね。えー、そーですねー。つまり、5番目ですが…。」
ここで私はこの面接ではじめて言葉に詰まってしまった。これまでは事前に何も回答例を考えてこなかったのにも関わらず、テキトーなことをしゃべりまくっていたのだが、「5つ目」がどうしても頭に浮かんでこなかった。いや、まったく浮かばなかったわけではない。正確に言うと「うまい答え」が思いつかなかったのだ。最後の1つはうまいことを言ってオチをつけなければという使命感に襲われていたのだ。私は、しまったな、と思っていた。つまり、先ほど私は三つ目に仕事と趣味について述べたが、その時に“両輪”という言葉を使った。しかし、5つ目で落とさなければならない今、これは非常に大きなミスであった。ご案内のとおり、A社は駐輪場の経営などを行っている会社であり、自転車業界に所属しているといえる。また面接が行われたミーティングルームにも自転車の写真がいくつか壁にかけられており、自転車がA社にとって重要なキーワードであることは誰の目に見ても明らかなのだ。つまり、私は5つ目に「仕事と趣味の両立が重要です。この二つのバランスをとることが社会人にとっては必要なことです。2つが相互に作用することで推進力を生みます。そう、ちょうど自転車の両輪のように」と言えば、曲がりなりにもオチはつけられたはずだ。それを私は自ら放棄してしまったのだ。話の途中でオチをいってしまう奴があるか!と私は自分を呪った。しかしあとの祭りだった。私はその後も1、2分、う〜んとうなり続け、何度も、5つ目ですよね?5つ目ですよね?と繰り返し発した。面接官と記録係はずっと黙ったまま私の回答を待っていた。私はオチを付けられない自分に憤りを覚えていた。そしてそれが無性に恥ずかしく思えてきた。ついに私は自嘲的な口調で「5つ目ですよね? へへ、落とさなきゃいけないんですよね? えへへ」と面接官に言ってしまった。それを聞いた記録係はこの日初めて声を発した。彼女は「ぶほぉっ」と吹き出した。面接官は、「いや別に落とさなくてもいい」と冷静に言った。それからまた少し沈黙が落ちた。そして私は敗北感に打ちひしがれながら「5つ目、“自信”ですかね。自分のやっていることに自信を持たなきゃダメですよね。やっぱり。妄信的にであれなんであれ」と最後の答えを述べた。
恐ろしいことに、私はこのような回答をしたのにも関わらず、自分の言ったことに満足感を覚えていた。“責任”“興味”“趣味”“チームワーク”“自信”。いいじゃないか。結構まとまってるじゃないか。及第点だろうと思った。また、オチについてごちゃごちゃ言ってしまったが、これはこれでおもしろい奴だと好意的に捉えられたのではないか。
次の質問は「あなたの夢・目標はなんですか」といったものだった。
私はこのような質問に対していつもするような答えを述べた。
「夢については、ない、とひとまずいえますね」
言った後、また妙な沈黙が降りそうになったので私は慌てて「いや〜夢とか目標はあったほうがいいですよ、やっぱり、そういったものが仕事を進めていく上での、なんていうんですか、推進力になったりモチベーションになったり動力源になるんでしょうね。だからあったほうがいいんでしょうけどね。でも私はなんて言うか実際の話、そこまでいってないんですね、つまりなんていうか、無職なんですね。だから夢とかよりもなによりも、フツーに働くことが先決なんですね。だから夢とか目標についてはそれからですね。やっ、夢とかはあったほうがいいと思いますよ、絶対」
最後の質問はこうだった。
「当社に入社された場合、あなたは具体的にどのようなことができると思いますか」
先ほどの回答で私は「夢はない。なぜならば無職だから。」という答え方をした。これがいけなかった。つまりどういうことかというと、この「○○である。なぜならば」方式を採用するととどうしても「なぜならば」以下がエクスキューズ(良い訳)っぽく聞こえてしまうのである。だから私は上記の質問に対して「〜だから、○○である」方式で答えることにした。
「私は出版社で24ヶ月働きました。そこでは編集業務から営業、取材記者など多様な経験を積みました。また正社員が私だけという過酷な労働環境でもありました。仕事を発注するフリーライターは私より2倍ぐらいの歳を重ねた人たちです。またライターという人種は一癖もふた癖もある変わり者が多いので、そのような人間をハンドリングするのは決して容易なことではありません。しかし私はそのような状況でも比較的うまく仕事をこなし、媒体の発行もほぼ遅らすことなくできました。ただその経験が御社でどのように活かせるかはわかりません。だから現時点では、私に何ができるかはわからない、としかいえません」と述べた。
沈黙。

その後、具体的な業務内容及び労働条件などについて面接官から説明を受けた。
そして開始から1時間ほどで面接が終わった。面接官がお決まりの挨拶を述べ、私もそれに応じた。面接官が席を立った。私はその瞬間小さな“違和感”を覚えた。しかしその違和感がなんなのか、その時点ではわからなかった。私は立ち上がり面接官に挨拶しミーティングルームを出た。オフィスの出口まで見送ってくれた記録係と挨拶を交わしエレベーターで階下に降りビルを出た。
満足感でいっぱいだった。私は言い切った。自分を出し切れた。私がどんな人間か、私の仕事や労働に対する考えをあますところなく伝えられた。また仕事の面だけでなく、生き方や哲学についても表明できた。第4就活期における最初の面接としては上出来だった。社会に向けて発せられた完璧な所信表明演説であった。

自由が丘で大井町線に乗り換え、二子玉川駅行きの電車に乗った。私は座席に腰掛け、ビジネスバッグから読みかけの小説を取り出してページを繰った。しかし面接を終えたばかりで軽い興奮状態にあったため、小説にうまく入り込めなかった。私は何度も何度も先ほどの面接でのやり取りを反芻した。そのたびに、割と良い受け答えが出来たのではないか。ほぼ淀みなく喋れたのは営業員として有望なのではないか。非常に個性的な人間として映ったのではないかと自信を深めた。かなりの確率で1次面接を通過したと確信した。2次面接を受ける前に、もう少し企業分析をしようと意気込みを新たにしていた。
だがしかし、このときになって初めて、私は先ほど感じた“違和感”がなんであったか思い至った。私はバッグからA社の求人に関する資料を出した。そこには「?1次面接?筆記試験?2次面接?祝!内定」とあった。
これは妙だ。私の豊富な転職活動経験から言わせてもらうと、筆記試験は1次試験と同じ日に受けるのが普通だ。筆記試験だけを受ける日が設けられたり、2次試験と同日に筆記試験を受けるといったことは私の今までの経験では一度もない。さらにこの日筆記試験が行われることになっていたらしい証拠はほかにもある。面接官の手元に、適職診断シートのようなものが確かにあったのだ。「人に相談されやすいタイプか」「物事をコツコツやるのが性に合ってる」などの質問に、「とても当てはまる」「少し当てはまる」「どちらともいえない」「全く当てはまらない」などと答えるやつだ。私は面接中にそれを見た。しっかりと意識して見たわけではないが、視界には入っていた。面接を終え、面接官が立ち上がって挨拶をしたときに感じた“違和感”はこれだったのだ。私には漠然と、面接の後に筆記試験をうけるはずだ、という思いがあったのだ。受けるはずの試験がなかったことに対して私は違和感を覚えたのだ。

電車は上野毛駅を発車し、まもなく終点の二子玉川駅に着こうとしていた。私は求人資料と文庫本をビジネスバッグにしまい、席を立った。電車は徐行運転をしていた。私はドアーの目の前に立ちガラスにうっすらと映る自分の顔を見た。その顔には所信表明演説をやり終えた男の自信と満足感の残滓がかすかにみとめられた。
私は、アニメの主人公の名台詞を思い出した。そのキャラクターの声色がどんなものだったかはおぼろげにしか思い出せなかった。だから頭の中にケンシロウの顔をイメージし、自分なりに作り上げた声のトーンと抑揚で、間抜けにも1次面接を通ったと勘違いしていたらしい男にこう言い放った。


「お前はすでに、落ちている」と。