始動

2008年5月25日

機は熟したと思い、まさにそのとおりだと思って、よしと思った。
前職を辞してもうすでに2ヵ月半が過ぎている。そろそろ就職活動を再開してもいい頃だ。現在は週5日のアルバイトに就いている。毎朝8時過ぎに起床しフレッシュジュースを飲み、フライパンでオムレツを作ってトーストと一緒に食べ、食後にコーヒーメーカーで淹れたコーヒーを飲みながら、新聞を読む生活は確かに魅力的だ。通勤電車では、一駅か二駅待てば座ることが出来、降車駅までの30分ほどを書見の時間に充てることができる。アルバイトは11時に始業し途中1時間の休憩をはさみ19時にひける。帰りの電車では、心身に1日分のアルバイト疲れを感じるものの正社員で働いていたときほどの疲労は感じない。楽といえばこれほど楽な生活もない。

しかしこのようなアルバイト生活をずっと続けるわけにはいかない。非正社員と正社員では生涯賃金で1.5億円ほど差が開くという。また雇用保険や厚生年金など各種社会保障の面でもフリーターは正社員に比べて不利な面が多々ある。アルバイトのように業務内容が楽で賃金が低くまた仕事に関する責任を負わなくて済むポジションに長くいると、スキルが身につかないばかりか社会人としての器量もどんどん小さくなっていくように思われる。またこれは特に私のような人間に限ったことかもしれないが、私のような大人物は広く社会の役に立つ仕事をしなければならないと思う。最近は特に社会が私に強くそれを要請しているように感じられる。それ相応のポジションに就き、日本社会はもちろんのこと国際社会の発展に貢献しなければならないと思う。

思い起こせば大学を卒業してから今日までは激動の3年間だったように思う。新卒で入った会社は4日ぐらいしか出社しなかった。短時日での退職に至った原因は私の側にあったわけではない。大学を卒業したばかりの新入社員をたった数日で辞めさせてしまうような会社側のマネジメント能力の低さにあったと見るほうが論理的であろう。その意味でその会社を数日で辞めたことは駆け出しの社会人であった当時の私としてはまさに英断であったといえる。
半年のブランク後に入社した会社には丸々2年間勤めたが、ここでは様々な経験を積めた。最終的には次期社長への就任を、非公式でありながら打診されるところまで登りつめた。しかし熟慮した結果この申し出を断り、だからけじめとしてこの会社を退社するといったそこいらの若者にはできない仁義の通し方をした。このことは私の男としての器を一回り大きくしたように思う。
その2ヵ月後、自身3社目の会社に就職、同年代の青二才が大学卒業後まだ1社か2社しか経験していないのにも関わらず、私はすでに3社目の会社に入社したわけだ。このようなタフな状況に身をおくことで、社会人としての経験値、人間としての奥ゆかしさを獲得できたと今では強く確信している。またその会社を2ヶ月で辞めたことは、忍耐力の欠如というよりも私がいかに高いフレキシビリティを有しているかの証左になっていると思われる。また勤めた3社はそれぞれ、IT業界、出版業界、マーケティング業界とすべて異業種であり、今の私がもつポリバレントな能力もそのような状況で必死にもがき苦しみ敗走することで獲得した掛替えのない能力であるということができる。

現在は広義な意味での出版関係の仕事に従事しているが、上述した通りアルバイトでの就業である。つまり現在の職場は次の職場を見つけるまでのいわば“腰掛け”に過ぎない。
私は今、自身4社目の会社に就職すべく、就職活動を本格的に始めようとしている。
最初の会社に入社してから3年あまりが過ぎた。当時と今とでは日本の社会を取り巻く状況は大きく変化している。この間、国内経済は大手企業を中心に業績を伸ばし、雇用環境も好転していると聞く。
それならば、と私は思う。
その3年間でどれだけ日本社会が変わったか私が見極めてやろうではないか。私のようにフレキシブルであり、ポリバレントなプレイヤーを果たして日本社会は受け入れるのか。もし転職回数が多いこと(フレキシブル)、勤めた会社に一貫性がないこと(ポリバレント)を理由に日本社会が私の再就職を拒むのであれば、私は日本社会に失望を覚えずにはいられないだろう。万一私を拒絶するような狭量な国であることが発覚した場合、私はこの国の社会システムとは相容れないと断言し、この国に見切りをつけて異国に可能性を見出すことになるだろう。
しかし、私はそのような事態を望まない。生まれ育ったこの国で、今後も生き続けそして死にたい。それが叶うかどうかは今後の就職活動次第だ。
さて、果たして現在の日本社会に、私のような真に価値のある大人物を見極めることができる本物の見識眼をもつ人間はいるのだろうか。
お手並み拝見といこうではないか。

第4期就職活動の幕開けだ。