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撤退7

【前回までのあらすじ】
「字が汚いから就職できない」ということが分かった私は、通信教育できれいな字の書き方を学ぼうと決心した。



「字の汚さは関係ないのでは?」と自問し、「だな」と私は思った。
先日受けた会社の課題作文では、字の汚さよりもむしろ内容のほうに問題があった。そのことには薄々気が付いていたが、わざと気が付かない振りをしていた。しかし現実を直視しなければ前には進めない。内容のほうに問題があったので、これを改めなくてはならない。

実はあの作文を書いた会社の選考に関しては、後日社長・役員面接を受けた。というのもあの日の面接の終わり間際に人事担当の人から、「社長面接に進めるように私が取り計らう。今書いてもらった作文も見せるより仕方ない。ただこれとは別に(手書きではなく)PCで書き直したものを社長面接の日に提出しろ。その時に『本当はこのような内容のことを言いたかったんです』といえ」といわれた。私は「わかったいう」といって、後日書き直したものを持参し社長・役員面接に臨んだ。
結果、内定をもらった。社長・役員面接を受けたその日に人事の人から、12月から働いてよといわれた。
社長・役員が慧眼だったのが幸いした。私は心の中で「いい人材採ったね」と呟いた。
公平に言って、私のような大人物と接するのは社長クラスでなくてはならないと思う。下っ端がいくら私の能力を測ろうとしても、彼らでは見誤る可能性が高いからだ。
また作文に関しては社長から「90点」といわれた。おそらく90点満点だったのだろう。内容はここには詳しく書かないが、大体次のような感じだった。
テーマ=社会的な価値観と個人的な価値観について
「社会(企業)的な価値観とは常識とか秩序みたいなもんでしょ。で、これは成熟した人間はぜってーに守らないといかんでしょ。だってそれを守んなきゃ社会から排斥されるよ? いいの? じゃあそれなら個人的な価値観は押さえつけられ消し去られるわけ? って実はそうはならんわな。だってもし会社が個人の集まりならさ、社会(企業)的な価値観ってのは個人的な価値観の集積ってわけじゃん? 言い換えるとさ、個々人の考え・理念・価値観の重なり合う部分が社会(企業)的な価値観ちゃうん? であれば、個人の進歩というのはつまり企業の進歩って感じにならないか? って実は、2つは対立項やないんや! 2つは連関しているんや! 2つを尊重することで企業も個人も発展していくんやないか!!!!うひょーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!」


後日私は内定を辞退した。
理由は次の通りだ。①多忙そうだから②残業代でないから③社長の息子が要職についてるから④前の会社と同じにおいがしたから(ブラック企業)⑤私を採用したから

我未だ就職出来ず。