オシッコが近くなってきました。

日本ハムファイターズが日本シリーズを制した。
数十年ぶりの快挙だ。
好投手が沢山いる中日ドラゴンズが有利といった戦前の予想を覆し、川上、山本などを打ち崩して日本一に輝いた日本ハムに一ファンとして大きな拍手を贈りたい。
自分は野球について一家言あるコアなファンだということは今まで一度も口に出したことがない。最近まで自分が大の野球ファンであることを忘れていたほどだ。
それにしても日本ハムは近年まれに見る好チームだ。
まず投手陣で言ったらあの長身でハンサムな投手がシーズンを通して活躍した。その若い投手が活躍し、それに触発されたようにもうひとりの若い選手や、そのほかの選手が活躍した。野手陣では新庄や、そのほかの選手が活躍した。そしてチームを率いた外国人監督が、就任数年目でその手腕を存分に発揮し、名監督としての地位を確立した。来年はMLBでブイブイ言わしてほしいものだ。
惜しくも日本一になれなかった中日にも喝采を贈りたい。落合監督をはじめ外国人、ベテラン選手や、川上、山本などの好投手、そのほかにも良い選手が沢山おり、見ているものに感動を与えるプレーを見せてくれた。自分もテレビを見て、その躍動するプレーに袖を濡らした。
シーズンが始まる前から自分は中日がリーグを制覇することを独り言で言っていた。もちろんパリーグの優勝は日本ハムで、プレーオフではライオンズとソフトバンクを降すことも予想していた。
日本シリーズの勝敗は4勝1敗だった。これも予想通りだった。昨年の4月ごろにはすでに、そのような気がしており、常々「日本シリーズは日ハムが4勝1敗で中日を降すのでは」と周囲に漏らしていた。ただ周囲に誰も人がおらず、その予言を聞いた人が誰一人いなかったのが今思うと残念でならない。
シーズン序盤はソフトバンクとライオンズが快調に飛ばし、リーグでは大体どちらかが首位に立っていた。序盤の日ハムはまだチームとしてまとまっていなかった。またシーズンまえのWBCに出場した幾人かの選手のコンディションが優れていなかったのも目に付いた。そんな折、チームの中心人物である新庄が今期限りでユニフォームを脱ぐと発表し、チーム関係者、ファンなどを驚かせた。しかし、自分はなんとなくそんな気がしていたので、特段驚きもせず、むしろ「ああやっぱり」と思った。
新庄の引退宣言後は、日ハムナインに「新庄さんのためにもリーグを勝ち取ろうよ」といった一体感が芽生え、チームとしてのまとまりが見えてきた。自分もテレビを見ながら、これで確実に日ハムはリーグを取るなと確信した。
そして秋。レギュラーシーズンを1位で終えた我らが日ハムはプレーオフでソフトバンクを降し、勢いに乗ったまま日本シリーズに入り、中日を4勝1敗でねじ伏せた。自分は何もかも予想通りで怖くなったが、自分以外の人もたいがい「予感が的中した」「日ハムやると思ったんだよ」「新庄さんのためにチームが一丸となったね」などと言っていたので、基本的に皆その優勝を予測していたことがわかった。また芸能人やアイドルタレント、スポーツ界の方々など、各方面から「実はずっと日ハムファンでした」と名乗りをあげる人が多数出てきて、「ああ俺と同じだな」と思った。
しかしそのように全てを予言し、日ハムが勝とうが負けようが自分は最終的な結果を知っているから別に興奮も落胆もしないよと泰然と構えていたわけではない。
特に3勝目を挙げ、あと1勝で日本一といった状況になったときは、人生で一番の興奮を覚え、大一番の前の晩は一睡も出来なかった。
日本シリーズ第5戦の日、自分はもういても立ってもいられなくなり、たとえ球場の中に入れなくても、球場のそばで自分の同志である日ハムファンとその歓喜の瞬間を分かち合えたらそれはとてもすばらしいのではないかと思い、夕方になって地下鉄を乗り継いで、球場に向かった。
球場に着いたのは、夕方5:30で既に開門の時間を回っているはずなのに、周囲には野球ファンらしい人影は全く見当たらなかった。自分はひどく取り乱し、近くにいた売店のおばさんに「今日の日本シリーズは中止になったのですか?」と聞いた。するとおばさんは、阿呆でも見るように僕を見据え、ため息をつきながら頭を振ってから以下のようなことを言った。
日ハムは昨年か一昨年に本拠地を北海道に移したのであり今日の日ハムホームでの試合は当然東京ドームで開催されるわけがなく北海道の本拠地で開催されるのであり日ハムが北海道に本拠地を移したことを知らないのは似非日ハムファンであるばかりか日本のプロ野球についても何も知らない馬鹿であり日ハムが優勝しそうだから自分は日ハムのファンだと公言したりイタリアが優勝したから自分は昔からイタリアのファンでW杯の優勝も予想していたしまた長い時間我慢をして少ないチャンスを得点に結びつけ1−0で勝利することは人の一生に似ているところもあるなどと意味不明なことをいう輩が出て来てそれは本当になんていうか見栄っ張りというか虚栄心の塊のようなずるい人間であり実質の伴わない空っぽな奴だ。
自分はおばさんに「ありがとう」といってその場を後にした。
自分はこれからは興味のないものは興味がないといい、知らないことにははっきりと知らないといい、上辺だけの知識を開陳するようなことはせず、本当にそのことを良く知っていたり、あるいはそのことについて少しでも思慮を巡らせたことのあることにだけ、何かものを言おうかと思い、東京ドームの脇にあるカフェでコーヒーを飲んで家路に着いた。