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そうだ京都に行こうを実践して鬱病になった①

缶ビールを片手に漫画本を読みながらJウェーブを流して、音量をゼロにしているテレビに一寸目をやったら、JR東海のテレビCMがやっていて、そこには秋の京都が映し出されていた。お寺を覆う木々の葉色が紅く染められている京都の町の映像に長塚京三がナレーション載せているはずだ。「そうだ 京都 行こう」。
平日の午前中から発泡酒を飲んでしまっていて、なんとなく世間に対して後ろめたい気持ちになっていたが、「フエスタだフエスタだ」と意味不明なフレーズを呟いてどうにか不精な自分を正当化していた。
先週の金曜日に社長とコーヒーショップで打ち合わせをしているときに、帰り際、「来週休みを下さい」と社長にいったら、「いいよ」とそっけなく答えられた。社長はどこかで用事があるらしく、そのまま駅のほうに歩いていった。あのあほ社長がこの後どこに行くかは知っている。スポーツジムだ。社員に働かせておいて、自分はスポーツジムで汗を流している。そしてその後は、飲み屋に直行。すばらしいな。自分も社長になりたいなと思いながら会社に戻った。だけど少しして、来週休みをもらった訳だけど、一体何曜日から何曜日まで、自分は休んでいいのかしらといった疑問がわいた。
会社に戻って経理担当のおばさんに、社長との会話を話し、「わたしは一体何曜日まで休んでいいのでしょうか?」と訊いたら、「わからない」といわれたけど、確かにその通りで、その場にいた自分が分からないのに経理の人がわかるわけないなと思った。
私は、来週の月曜日が体育の日で休みだから、水曜日くらいまで休めれば、土曜日から数えて5連休だなと思っていたが、社長との会話ではなんとなく来週いっぱい休んでもいいよといったニュアンスを感じ取ったので、じゃあ来週一杯休んでしまおうと思い、経理担当のおばさんにそういったら「あ、そうですか。わかりました」といわれて、ああこの会社はなんてテキトーなんだろうと改めて思い知った。
この会社は有給休暇といった制度はないし、残業代もでない。ハローワークで見つけた仕事だ。人に、あなたの勤めている会社は“ブラックリスト”に載っているような会社ですか?と聞かれたら、「ええそうです」と答えてしまうような最低なところだ。昔ここに勤めていた先輩社員に、「ここは有給休暇がないから休みたくなったら、風邪をひいたことにして休みなさい」と言われたことがある。休みを主張すると会社をクビになるそうだ。
このようなところだから、勿論旅行の計画などは立てられない。
先週の金曜日に私が意を決して休みをくれるように、直訴したのは、もうこの会社で働くのはそう長くないなと考えたからだ。どうでもいいやもうどでもいいやと投げやりになり半ば半ギレ状態で、「来週休みを下さい」と申し出た。そうしたら以外にも「いいよ」といった軽い感じの答えをもらって一寸狼狽してしまい、来週は何曜日まで休みますと言った細部の主張をせずに社長と別れてしまった。
なんだかわからないけど9連休っぽい感じになった。10月7日土曜日から10月15日日曜日までの9日間、秋休みといったかたちで長期休暇に入ることになったっぽい。
しかし、特に旅行などもせずに平日の昼間から発泡酒を飲んでいるのは、なぜなのだろう。話は簡単で、9日間といった長期休暇を勝ち取ったのは、休みに入る前日だったわけだから、当然旅行などの計画を立ててはおらず、結果家でテレビを見たり漫画本を読んだりラジオを聴いたり発泡酒を飲んだりといった自堕落な生活を送ることになる。それでいいのだろうかと自問したが、それで別にかまわないと自分が答えたので、それで何も問題はないはずだ。
ラジオを聴きながら漫画本を読んでいたら、そこに松尾芭蕉という人の俳句が引用されていた。「松島や ああ松島や 松島や」。なんて簡素な俳句でしょうか。これなら自分にも詠めるよと小人物らしい感想が頭に浮かんだが、そこで、おや?と思った。つまり何におや?と思ったかと言うと、松島ってどこにあるんだっけといった、低レベルな疑問が生まれ、私はなんて教育レベルの低い土人なんだろうと自分にうんざりした。それで、じゃあ本屋にでも行って調べてみようかなと思い出掛ける仕度をしようと思ったが、アルコールがまわっていて、ああめんどくさいああめんどくさい、と思いベッドに転がった。
目を覚ますと正午を回っていて、酔いも醒めていた。シャワーを浴びて、駅前の本屋に行った。
旅・地図コーナーで、旅行本を見つけ手にとって読んだら、松島が宮城にあることがわかった。「知ってたけどね」とひとりごちて、そのガイド本を読んでいたら、ある考えが頭に浮かんだ。いまから旅支度をして松島に行ってこましたろうかしら。これは酔狂だと思った。時間は13時を回っていた。ガイド本によると、松島に行くにはまず仙台に出るのがアクセス上よろしいらしい。じゃあ高速バスで仙台に行ったろうかしら。思ってやっぱりばかばかしいと感じ、家に帰宅した。
帰宅してからも暇だから、コインランドリーに洗濯をしに行った。40分も待ち時間があるので、また駅のほうに歩いていった。そこで、また、さっきの考えが頭の中を巡った。松島に行こうかな。発作的に行こうかな。一句詠んだみようかな。松島やああ松島や松島や的な俳句を。
本屋に行って再度ガイド本を読んだ。頭では、酔狂なことだからやめたほうがいいと思っていた。だけど、ちょっと面白いよねと独り言を言い、じゃあこうしようと自分に提案した。もし駅前のブックオフに、「宮城」の旅行本があればそれを購入して、旅程を立て、すぐにバスのチケットを買い、家に帰って、旅支度をして、何も考えずに、出発しよう。
駅前のブックオフに行ったら、「宮城」の旅行本はなかった。落胆した。しかし代わりに、「京都」の旅行本ならあった。CMのコピーが頭に浮かんだ。「そうだ京都に行こう」。なにが京都に行こうだ。ばかばかしい。そんな簡単に旅行になぞいけるか。暇と小金と行動力とばかばかしさを受容する心がなければ、そんなこと実行できねえよと思ったが、自分には暇と小金と行動力とばかばしさを楽しむ柔軟な心があった。自分はその京都本を購入した。
しかし、購入したのはいいが、ほんとに俺は京都に行くの、行かないとだめ?と誰に言うともなく文句を言った。とりあえずサイゼリアで計画を練ることにした。
ドリアとドリンクバーを頼み、旅行本を開いた。その本は、清水寺から祇園までとか平安神宮から南禅寺までといったように京都の主要名所を地域ごとに区切り、旅行者が効率的に観光を楽しめるように編集されていた。まったく、このように旅行慣れした編集部の立てた旅計画などだれが参考にするものか、俺は俺の道を行くと考え、俺は俺の道を行くべく旅程を立てようとしたが、なんせ京都のことなど何一つ知らず、中学の修学旅行以来京都に行っていないので、旅程を組むことはとても難儀を極めた。5分後。やっぱり、旅行本に書いたあることは、長い年月をかけてたくさんの人が議論を重ね、また実際に京都を見て回った結果、その旅程で旅をすると万事うまく行くよといった親切なアドヴァイスをくれているわけだから、それを無にするのも忍びないから、じゃあっていうことで旅行本に書いてあるように、それをすべてなぞってみようと考え、旅程をノートに書き出した。
取り敢えず日程的には、今日(火曜日)の夜に東京だか新宿だかから高速バスに乗って、翌日(水曜日)の朝に京都に到着。水曜日は1日観光。木曜日は夜まで観光。その後深夜便で東京に帰る、といった大まかな計画を立てた。次に、実際にどこを見て周るかを検討した。それはもうすべて旅行本に任せた。水曜日は、京都駅→清水寺→安寧坂→二年坂→高台寺→八坂神社→平安神宮→南禅寺→永観時→銀閣寺→哲学の道→法然寺→宿舎。木曜日は、嵐山→天龍寺→落柿院→二尊院→清涼寺→大覚寺→金閣寺→竜安寺→仁和寺→妙心寺→二条城→京都駅。
計画を書き出したノートを見てため息が出た、これは大変だ。こんなにたくさん周るのか。行きたくないな。京都になんて行きたくないな。
頭では、京都になんて行きたくないと考えていた。だけど、一寸コンビニに行く感覚で京都に行くのも面白いかなと思った。
次にネットカフェに行った。自宅ではインターネットが使用できないので、駅前の自由空間という漫画喫茶でインターネットを利用し、高速バスのチケットを安く購入できるサイトを見つけ、料金と予約電話番号を控えた。
近くの公衆電話に入りフリーダイヤルで電話をかけた。公衆電話でもフリーダイヤルをかけられるんだしかもただで掛けられるんだと頭の悪い感想を抱いたがそれはまた別の話だ。空席があり、今日の深夜発で東京駅から京都駅までの片道チケットを確保した。予約して公衆電話のボックスを出ると後悔した。これで本当に京都に行かなければならなくなった。めんどくさいが仕方がないと思い、セブンイレブンで高速バス代(3900円)の代金の支払いを済ませた。
コインランドリーに寄り洗濯物を取り出して、帰宅した。洗濯物を干したら時刻は15時だった。東京駅発が22:20で集合が22:00だから21:00に家を出れば間に合う。
それからまた発泡酒を飲みマンガ本を読んだ。
夕方になり夕食を食べに外に出て、19:30くらいに帰宅した。帰宅するともう体がだるくてこれから出かけるのは嫌だな。だるいな。何で京都に行かなければならないのかなと思った。CMのコピーは悪だな。そうだ京都に行こうなどと発作的に考え行動に移すとこうなる。つまり、そのときの刹那的な興奮は、それが醒めてしまうと、なぜ自分はあのときあのような軽率な行動をとったのだろう、もう一寸思慮深く行動すべきだったと後悔し通しになる。うんざりしてベッドに横になると睡魔に襲われた。このまま寝入ってしまえば目を覚ますのは21時過ぎになるかな、そうなれば京都に行かなくても済むかもしれないな。出発するには遅すぎるころになって目を覚まして、「ああもうこんな時間だもう間に合わないよまいったまいった」などと呟いて、京都への小旅行を回避するという手もある。ばかばかしいな、何もかもばかばかしいな。重い腰を上げ、シャワーを浴びて出かける仕度をした。戸締りをして、靴を履き、自分に活を入れるべく、「そうだ!京都に行こう!!」とセリフ調に発声してみた。しかし、気持ちは滅入るばかりだった。
千代田線と山手線を乗り継ぎ、東京駅に着いたのは21時過ぎだった。駅ビルの中のドトールでココアを飲んだ。
21:50に店を後にして、三菱ビル前の集合場所に行った。バスは既に来ていて、定刻前に出発した。
地方から東京に出てきて、盆や正月に田舎に帰省する青年を演じてみようと、車窓から見える町の景色を眺めて感傷的な気分に浸ろうかと思ったが、できなかった。そういうわけですぐに眠る態勢に入り、直後に眠りに落ちた。