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旅行記 4日目 (バンコク)

タイ旅行

昼過ぎにカオサンにある旅行会社に向かった。そこはカオサン唯一の日本人経営の旅行会社で、「地球の歩き方」にも載っている。2階建ての建物の1階奥にそのオフィスはあった。50代くらいの社長と30過ぎの男性職員の2人がオフィスにいた。僕が入っていくとすでに日本人の客が5人ほどいて、順番待ちをしていた。5分ほど待ち、ぼくの順番がまわってきた。バンコクの中央駅「ホアランポーン駅」からチェンマイ駅までのチケットの値段とタイムテーブルを聞いた。列車により料金が違うということだったが、特に気にせず14日水曜日14:30発の寝台列車のチケットを予約した。到着は翌日の5:30だという。

朝食時にカフェでぼんやりとしていると、そろそろ場所を移る時かもしれないという考えが頭に浮かんだ。

地球の歩き方」によると、バンコクの観光エリアは6つにわけられる。そのうちの5つまでをすでにまわってしまい。ぼくが行っていないのは、ショッピング街・オフィス街である「スクンビット周辺」だけになっていた。この旅行に出てくる前に友人が「バンコクは4日で飽きたなぁ。」と言っていたのを思い出した。
そもそも今回の旅行先にタイを選んだのは、この友人が9月中インド・ネパール・ミャンマーを周り、9月の末にバンコクに寄るから、そのころ向こうで会えたらいい、などという他愛もない理由からだった。友人とそのような話をした直後に家に母親の友人が遊びに来た。その人も先月タイに行って、いい所だったという話をしていたのを聞いた。タイ旅行の計画がにわかに現実性を帯びてきたのはこの頃だった思う。具体的には8月の中旬だった。

8月の末にその友人が今回の旅の基点であるバンコクに飛んだ。ぼくはメールで、「向こうで。」などとあまり乗り気がなさそうなことを言った。9月に入り、未だどっちつかずのままでいたが、友人から「いつ来るの?」という問いがあり、どうやら向こうはぼくが本当にバンコクに行くものだと思っていることを知った。あまり行く気が起きないが、最近の停滞的な就職活動は如何ともし難く、ついに重い腰を上げた。といってもそれはかなり非能動的な腰上げだった。つまり、まずは旅行道具、航空券、海外旅行保険などの準備を先にしてしまい、最後に、「旅行に行く気」を自分に注入するという、なんとも奇妙な旅行計画だった。

出発まで10日を切っているが、ぼくには問題など一つもなかった。資金はあった。旅行に行く時間もあった。なにしろ新卒で入った会社はひと月で辞めてしまっていたから。4月1日(金)の入社式に出て、翌週の月、火、水と出社した後、退社する旨を上司に伝えた。その後雑事で3回ほど会社に行った。それで僕の勤め人の時代は終わった。春に始まり同じ春に終わる。退社してすぐに鎌倉に桜を見にいった。まだ8分咲きだった。
その後はたまに求人誌を買う程度で、他には何も活動などしなかった。就職する気などさらさらなかった、のだろう。

ぼくはカオサン周辺をうろついた。排気ガスがひどくてのどを痛めた。すれちがうタイ人の顔立ちは、日本人に似ていた。日本人の多くがタイを気に入るのはあるいはこのことも関係があるのかもしれない。町を歩く人間を観察してみる。若い男は、特に日本人みたいだ。髪をのばして眉をそろえた風貌は日本人の若者そのままだ。若い女の中には露骨なセックスアピールをしているものが多く見られた。あるいは、タイのけばけばしい色使いの仏像・寺院から、彼女たちはインスピレーションを得ているのかも知れない。中年の男たちは、皆なにか企んでいるような顔をしていた。その浅黒い肌と異国人を見る狡猾なまなざしはこちらを緊張させる。街には白人男性とタイ人女性のペアをよく見かける。おそらく、こっちで買ったのだろう。そのあからさまな関係が逆に2人を目立たなくさせる。日本人男性とタイ人女性のペアはあまり見かけなかった。もしかしたらもっと高級なホテルがある地区に、たくさんいるのかもしれない。

ひどい倦怠感だった。何がそうさせていたのだろう。この旅行に乗り気じゃないことか。あるいはバンコクに飽きたからなのか。賑々しい町の活気にこちらの生気を吸収されてしまったのか。それとも昨日の早田君との会話が未だに心につかえているのか。ぼくは答えを見つけられずに、この旅で何度目かの退避をした。ベッドでごろごろしちゃったよ。